ユリ-2
「ユリちゃんTバック穿いたことあるの?」
「それはありますよぉ」
「へーえ、私まだ穿いたこと無いのよ。なんか食い込みそうで」
「それはすぐ慣れますよ」
「そうなの?」
「でもTバックなんて和子さんのイメージには合わないですねー」
「あら言ってくれるわね。じゃ私はどういうのがイメージに合うの?」
「そうですねー。お臍の上まであるようなのとかー」
「え? それって別に普通じゃないの」
「厭だ。全然普通じゃ無いですよぉ。今時そんなの」
「だって売場の下着の半分くらいはそういう奴じゃない」
「だってこの店は若者向けじゃないですもん。ねー、お客さんそうですよねー、今時お臍の上までくるのなんて厭ですよねー」
「え? そらまあ・・・」
「ほら、そういうの何て言うか知らないんですかぁ」
「あら、何て言うの」
「おばさんパンツって言うんですよぉ」
「え? それじゃユリちゃん、あんたどういうの穿いてんのよ」
「私ですかぁ。今日はちょっと大人しめのTバックですけどぉ」
「大人しめ? 大人しめのTバックってどういうの?」
「前から見ると普通で後ろがTバックになってるって奴ですけどぉ」
「それじゃ大人しめじゃないTバックっていうのはどういうの?」
「だからこれがそうじゃ無いですかぁ。前から見ても後ろなんかある訳無いって分かるでしょう、前がこんなに小っちゃいんですから」
「あのー、それで結構ですから」
「あら? あ、ご免なさい。忘れていたわ。これで宜しいんですか?」
「ええそれでいいです」
「あの、ちょっとこれの方が高くて2000円になりますけど」
「ええ結構です」
「どうして面積が小さいのに高くなるんだろう?」
「Tバックの値段は面積じゃありませんから。いや面積が小さい程パンティってどういう訳か高くなるんですよぉ」
「それじゃ私のは凄く安いことになるじゃない」
「厭だ、自分で言うこと無いですよぉ、和子さん」
2人はお客の光太郎をそっちのけにしてお喋りに興じている。近頃の若い店員なんてこの程度である。しかしフィリピンに行けばもっと酷い。お客と応対しながらガムをくちゃくちゃ噛んでいる者もいるし、店内のBGMで好きな曲が始まったりするとお客と応対中でも鼻歌を歌い始めたりする。お客が品物を物色していてもその横で店員同士お喋りに夢中だなんていうのはフィリピンでは珍しいことでは無い。だから日本も文化の程度が進んだか後退したかでフィリピンに近づいてきたということなのだろう。
さっと見てさっと買って帰ってくるつもりだったのに、あの2人のお陰で光太郎は長々と婦人下着売場に立たされてしまった。おまけに消費税を入れて3000円で支払ったらお釣りの100円玉が無いというので又待たされている。 レジは売場の中央にあるから光太郎は何処を見て立っていればいいのか分からない。ユリちゃんというのが何処かへ両替に行って、その間和子さんというのが光太郎を待たせて悪いと思ったのか話しかけてきた。
「彼女ですか、奥さんですか?」
「ああ、女房です」
「いいですね、私なんか義理チョコ沢山ばらまいたのに幾つ返って来るか。どうせ安物のクッキーかなんかですけど」
「下着売場で働いているから下着はちょっとプレゼントしにくいんじゃないんですか?」
「え? そうかしら?」
「ええ、だって値段を知られそうな感じがしますから」
「ああ、なる程そうね。値段なんか安くてもいいから下着を贈ってくれればいいのに」
「あ、やっぱり下着のプレゼントは嬉しいものですか?」
「それはそうよ、でも贈ってくれる人によるかな。厭な奴に下着なんかプレゼントされたら母さんに上げちゃうわ」
「でもTバックだったらそうも行かないでしょ」
「そうねえ、でもTバックなんていきなり贈ってくる人はいないでしょ。せいぜいシルクのパンティだわね」