マリア-9
「分かってる。何ていう会社から来たんだい」
「何とかジャパンっていう保険会社でしたよ」
「保険会社? もうそんな所まで話が進んでるんかい」
「いや、だから保険の勧誘だと思いますよ」
「分かってる。大きな国際取引は必ず保険が付き物なんだ」
「そうじゃ無くてガン保険とか年金保険とか、そういった保険だと思いますけど」
「あんた中身を見たのかい?」
「いや、見ていませんけど」
「そのまま狸に、いや、会長に渡したんだね?」
「ええ。会長宛でしたから」
「うーん。それはいかんな」
「いけなかったでしょうか」
「いやまあ、あんたとしてはそうするしかしょうがないんだろうが」
「会長は『こういう物はあんたが適当に処理して一々渡さなくともいいんだ』って言ってましたよ」
「ウォッ。で、あんたどうした、その郵便を」
「いや、それは会長がポケットに入れて持っていったようですね」
「糞っ。持っていったか。要らんふりして持ち帰るなんて、いかにも狸のやりそうなことなんだわ」
「ああいうのは又来ると思いますから、その時は取っておきましょうか?」
「郵便が?」
「ええ」
「それはあんた、是非ともそうしておくれよ。多少なら小遣いくれてやるから」
「多少ですか」
「いや、それならコピーでもいいんだ」
「うちのコピー、調子が悪いからカラー印刷の物だと駄目なんですよね」
「それじゃほら、1000円渡しておくから、それで何処かその辺のコンビニか文具屋でコピー取っておくれ。釣りはあんたにやるから」
「ブングヤって何ですか?」
「ペンとか紙とか売ってる店があるだろ」
「文房具屋のことですか?」
「そうそう」
「それじゃまあ、そうしますか」
「あれから郵便は来ませんねなんて嘘言うんじゃないよ」
「え? 来ればちゃんとコピーしておきますよ。なんだったらコピーしないでそのまま現物を渡してもいいし」
「本当かい?」
「ええ」
「それじゃそうしておくれ。そうすればあんたもコピー代丸儲けだ」
「そうですね。1枚10円のコピー代が浮きますね」
「10円を馬鹿にしちゃいけないよ、あんた。今日び不景気で1円だって落ちてやしないんだから」
「はあ」
「郵便が来たら、夜でもいいから電話しとくれ」
「夜ですか?」
「そうだ。自宅の電話を書いといてやるから名刺を出してごらん」
「はい」
「あんたの名刺を出してどうするんだよ。私がさっき上げただろ」
「あ、これですか」
「そうそう、それの裏に書いておきなさい。私は細かい字は見えないから、あんた手帳を見とくれ。これだ」
「真智子って書いてある奴ですか?」
「それは娘の所。その上の方に無いかな。045で始まる奴」
「えーと、2つありますね」
「2つある? するとページが違うな。どっかその前後に自宅って書いてあるのが無いかな」
「自宅・・・、これかな」
「うん、そうだ」
「でもこれは045じゃ無いですよ」
「何番になってる?」
「156になってますね」
「あっ、それだ。1ずつ足して暗号にして書いといたんだ」
「暗号ですか。随分用心深いんですね」
「そう。私みたいな資産家になると、そういうことしとかないといかんのだわ」
「で、これから全部1を引けばいいんですね」
「そうそう」
「一応写しておきましたけど、でも此処に電話することは無いと思いますよ」
「何で?」
「だって郵便が夜来ることは無いですから」
「昼間来たって会長がいる前で私に電話する訳にいかんでしょうが」
「はあ?」
「だから、そういう時はそっと持ち帰って夜そこに電話して欲しいんよ」
「なるほど」
「分かったね。1000円貰ったことを忘れるんじゃ無いよ」
「はい」