マリア-8
「アレキサンドロフスク・サハリンスキーなんていう地名があるんですな、樺太に。これが数えてみると17文字なんですわ。こんな長たらしい名前付けおって奴らはちゃんとこれを言えてるんだろうかって不思議に思うんですわ。アレスキーとか何とか適当に省略しとるんと違うのかなあ」
「はあ。それは又長いですね。それでも偉いもんですね。勉強されているなんて」
「いやー。敵を知り己を知らば・・・何だったかな?」
「百戦危うからず、ですか」
「そうそう、それそれ」
「でも好きなことを勉強するのとは違うから大変ですね」
「全くそうですわー」
「でも右翼の人がそんなに勉強しているなんて僕は思っていませんでした」
「社長。右翼なんて言ってはいけません。それは左翼の連中の言い方で、我々は中正大道を行っておるつもりなんですから」
「あ、それは失礼しました」
「それにしてもいい事務所ですなあ。流石倉田会長だなあ」
「はあ、有り難うございます」
「それじゃこれで失礼しますわ。会長さんに宜しくお伝え下さい」
「はい。申し伝えます」
翌日は珍しく女性の客が来た。女性と言っても60はとうに過ぎている婆さんで、これについては倉田から予めかなりの知識を仕入れていた。じゃらじゃらと宝石やネックレスを沢山付けているが、内情は火の車で借金取りに追われているのだという。幼稚園の理事長をしているが本職は不動産屋で、それも博打のような大儲け狙いの仕事しかしないらしい。それが借金の原因だと言うから、博打に負けてばかりいるのだろう。カラオケ・ボックスも経営していて、これは堅実なばかりで殆ど儲けがなく、業を煮やした婆さんは盛り場に出没している外人娼婦と話を付けて、1日いくらでカラオケ・ボックスを1部屋ずつ貸し切り、ホテル代わりに使わせようとして息子に諫められたらしい。
どうも考えることが幼稚園の理事長らしく無いが、実際会って見れば、顔と姿は一層ふさわしく無かった。聞いていたとおり金のネックレスだけでなく宝石なのか紛いなのか知らないが、様々な色の石をつないだネックレスも2〜3本首に掛け、この年寄りがと呆れてしまうような大きなイヤリングをブラブラさせている。まるで星座占いか何かのようである。服は存外まともで年相応に見える洋装だったが、何ともいけないのは顔で、強欲そのものといったあくの強い面相である。
「社長さん、何か金儲けになりそうな話は無いかね」
「そうですねえ。そういう話は会長として頂いた方が良いと思いますよ」
「あの狸爺は駄目だわ。尻尾を出さないから」
「僕は尻尾を出したくてもそもそも尻尾が無いんですよ」
「ボルネオの話はどうなってる?」
「さあ。昨日来た時、現地政府の許可がもう少しで出るんだと言ってましたが・・・」
「おっ、もうそんな所まで来たか」
「それが3ヶ月前からそうなんですよね」
「そんなことは無いだろう。狸がきっと話を凍結してるんだな」
「そんな権限は無いと思いますよ」
「いや。話は進んでいるのに進んでいないように見せてるっていうことだわね」
「ああ、そういう意味ですか」
「そう。狸のやりそうなことなんだわ。それで外国郵便なんか来たりして無いかね」
「外国郵便ですか?」
「そう。なんかドイツの何とかいう会社も噛んでいるらしいから、インドネシアからだけじゃなくて、ドイツから郵便が来る可能性もあるんだ」
「はあ」
「無いかね」
「外国郵便ですか?」
「ああ」
「外国郵便じゃ無いですけど、日本にある外国の会社からなら郵便が来ましたね」
「おっ、それそれ。何処から来た?」
「だから日本からです」