マリア-26
「随分金がかかっていそうだね」
「ええ。内装も入れて6000万円かかってます」
「6000万円。夢のような金額だな。それを君は体1つで稼いだんだね」
「ええ、2年ちょっとかかりましたね」
「凄いもんだなあ」
「どうですか? 店の印象は」
「そうだなあ。此処のステージが勿体ない感じがするなあ」
「うーん。どうしたらいいのかしら」
「こういう所で歌いたい人もいるとは思うけど、大体は自分の席に座ったままで歌いたい人の方が多いんじゃないかと思うよ。だから此処にボックス席を置いた方がいいと思うけど、そうすると君1人ではやれないものね」
「そうねえ。カウンターの中に1人とボックス席に1人は必要になるわね」
「うん。ボックス席と言っても此処だと小さめのなら2組置けるし、一繋がりのなら7〜8人座れるような奴が置けるもんなあ」
「でも、一繋がりにすれば大勢来てもホステスは1人で何とかなるんじゃないかしら?」
「まあ、一繋がりにすれば其処に座るのは団体客だろうから1人でも何とかなるだろうね。大きなボックス席と言っても、別々の客だと一つの席に相席で座るというのを厭がるもんなんだよ」
「それなら此処に大きなボックス席を1組置けば、後はカウンターの中の人間だけでいい訳ね」
「まあそういうことになるんだろうな」
「どれくらい給料を払えばいいものかしら。そのカウンターの中にいる人を雇うとして」
「さあー。僕はそういうの全然知らないな」
「例えば社長さんだったらいくら貰えば雇われてやろうっていう気になる?」
「さあー。そんなこと考えたことも無いから分からないなあ」
「だから今考えてみてよ」
「そんなこと言われたってこういう仕事なんか知らないもの」
「だからそういうことは抜きにして、例えば今の会社でいくら貰ってるの? 社長なんて名前だけでただの月給取りだって言ってたでしょう?」
「ああ、それは本当。30万円貰ってる」
「そうしたら例えば30万円なら転職しても収入減にはならない訳ね」
「収入減にはならないけど、転職なんかしないよ」
「どうして?」
「だってそんな仕事したこと無いもの」
「今の事務所でやってることと同じじゃないの。お客さんの話し相手になるだけよ。お茶を出す代わりにお酒を出すだけじゃない」
「まあそうだけど」
「ね?」
「ね?って何が?」
「だから私と一緒にこの店やろう」
「何? 僕はこの店に来る10人の客のうちの筆頭だったんじゃ無かったのかい?」
「それは私が1人でやる場合の話よ。もう1人必要だと言うことになったから、筆頭の貴方が繰り上がってこのカウンターに入ることになってしまったの」
「それは繰り上がったんではなくて、繰り下がったんでは無いのかな」
「そんなことどっちでもいいじゃない」
「あのさあ。僕は良く知らないけれども、多分こういう店で働いているマスターとかバーテンとか呼ばれる男なんていうのは、30万も貰っていないと思うよ。水商売で働く男なんて驚くほど安い給料なんだって聞いたことがある」
「それじゃ30万円なら文句が無いじゃ無いの」
「それはつまり僕に此処で働けっていうこと?」
「さっきからそう言ってるじゃないの」
「ちょっと待ってくれよ。精神的な支えになってくれって言うから此処まで一緒に見に来たけど、話が違うんじゃないの?」
「初めから精神的な支えになってくれるんならそれに越したことは無いんだけど、最初からは無理かなと思って」
「それはつまりその・・・」
「私の男になってくれっていう意味」
「そうすると月給は貰えなくて只働きすることになってしまうじゃないか」
「馬鹿ね。反対よ。私の稼ぎが全部貴方のものになるということよ」
「稼ぎがあれば、だろう?」
「稼ぎが無くても1年やそこらやっていける位の貯金はあるから心配しなくていいの」