マリア-14
マリアは何かオイルのような物を祐司の背中に垂らしてそれを両手で首から足先まで拡げていった。メントールが入っているようでスースーと気持ちいい。煙草を吸ったりブランデーを啜ったりしながらいろいろ話をしていると、そのうちモモの裏側を撫でていた手のひらが上がってきて股間をするりと撫でた。思わずうっと言って腰を上げると間髪入れず手をくぐらせて性器を掴み、慣れた手つきの愛撫を始めた。メントールが入っているオイルだからたちまち性器は鎌首を持ち上げてしまい、俯せのままオナニーしているような錯覚に陥る。知らない内に手に持っていたグラスは取り上げられていて仰向けにされ、くるくるっとコンドームを被されてキスをしながら体を繋げてきた。どうせもう出ないと思っていたから単に横たわってされるがままにしていたら、やはりプロのすることなのか段々感じてきて2回目の射精をした。
「満足して貰えましたか?」
「うん。満足した。まさか2回出来るとは思っていなかった」
「社長さんなんかまだまだ若いですもん。2回くらいは平気ですよ」
「いや。流石にプロだねえ」
「ええ。前はそう言われると嬉しかったんですけど、この頃セックスのプロって言われても自慢出来ることなのかなあって、ちょっと疑問を感じだしてきちゃったんです」
「ほう」
「やっぱり引き時なんですかね」
「うーん。休まずに働いているから疲れたんじゃないのかな。1週間くらい休み取って旅行にでも行ったらどうかな」
「そうですねー。旅行なんかしてみたいな」
「それくらいの金はどうでもなるんだろう? してみたいなんて言ってないですればいい」
「でも半年先まで予約がいっぱい入ってるから休めないんです」
「え? 半年先? それじゃ僕は?」
「僕はって?」
「いや、僕は予約をしていないと言う意味なんだけど」
「ああ。週に1日は特別日として予約でないお客さんとか、社長さんみたいな誰かの紹介で来る人の為に開けてあるんです。そうしないと新しいお客さんが増えないから」
「なるほど。大変なもんだね。売れっ子というのも辛いもんなんだな」
「でも、半年先に旅行することに決めました、今」
「そうか。まああんまり頑張ると燃え尽きちゃうから、そうするといいと思うよ」
「はい」
サービス料は3万円だが、初めてのお客は2万円にしていると言うので2万円払って出てきた。1人が2時間だから8時間フルに客を取ったとして1日12万円、月に1日しか休まずに働いているというから、なるほど月に300万円は軽い訳である。しかし毎日休まず4人の客とセックスするというのは大変な労働だろうと思う。何しろ普通のセックスと違って仰向けに寝ているのは客の方だから、ソープ嬢は一生懸命腰を動かさなければならない。楽な仕事でも週に1度の休みが待ち遠しいというのに、月に1回では休んだ気がしないのでは無いだろうか。月に300万稼ぐと言ってもやはりそれ相応の重労働なのである。祐司はただただ感心するばかりであった。
倉田は時々2〜3日連絡が付かなくなることがある。大体倉田は自宅の場所も電話も祐司には知らせていないのである。携帯電話は持っているが、自分からかける為に持っているのであって、普段はスイッチを切っているから役に立たない。極端に秘密主義なのだが、それでも付き合いが長くなってくると話の端々からいろいろなことが分かってくる。芸者か何かそういった類の仕事をしていた40代くらいの女性と一緒に都内の何処かに暮らしているらしい。昔は何か風俗産業を手広く手がけてかなりの暮らしをしていたことがあるようだが、倒産して多額の負債を残した様子である。登記簿その他、何処にも自分の名前を出そうとしないのは、たぶん借金があるからだろう。
若い頃に住み込みで有名人の書生をしていたと言うが、それが誰かは語ろうとしない。どうも政治家らしい感じはする。まあ祐司にとっては倉田の過去なんてどうでもいいので、別に探ろうという気も無いが、半年以上に及ぶ付き合いの末に多少は分かってきたということである。しかし、何しろ良く言えば老獪、悪く言えば嘘の多い老人だから分からない。ポロッと洩らしたフリをして嘘を付いているのかも知れないし、吉田茂の書生をしていようが橋の下で育とうが、祐司には関心の無いことである。別に祐司を騙しても何の得は無いのだが、だから本当のことを言うとは限らない。大風呂敷を拡げるのが好きな男だから自分で自分の嘘に酔っている趣がないでも無い。
しかし40代くらいのちょっと粋な女性と同棲しているらしいというのは倉田の話から推測したことでは無い。それらしい女性が事務所に来たことがあるのである。渋い和服を着て、ちょっと垢抜けた女性だった。