貧困娼年の奈落-2
選択肢なんてほとんどない。
この街の数少ない人間(セックスフレンド?)を頼ってもいいんじゃないか?
しかし金曜日の夕方に「お城の公園」に行っても、カップル喫茶の前で何時間も待ち続けても「ザキ」は現れない。世間の人間が常に弄んでいるスマホに羨望の眼差しを送る。
「ユーコ」に連れて行かれた例の劇場は厳しく施錠され、人の気配はなかった。
翠は「アキラメル」事には慣れているけど。
こみあげてくる涙はどうしても止まらなかった。
空は曇り空。
ボクの空気を読む敏感な能力がウェザー・リポートを告げる。
「今夜は北西の風やや強く、深夜は小雨が降るでしょう」
最初の数日間は昼間眠り、夜には食べ物を求めて街を彷徨った。
でも、コンビニのゴミ箱にだって今時食べ物が捨てられていたりしない。
特にこの街では猫やカラス、野良犬で溢れているので、どんな飲食店も生ゴミを外に出したりはしない。そんなことをしたら朝にはそこいらじゅうがゴミだらけになってしまう。
「空腹」のずっと向こう側にある「飢餓」というのはとんでもない苦痛だ。
灼けるように、ねじ切られるように、襲う苦痛はやった人でないと決して解らない。
ボクは公園の水道水を頑張って飲んでいたけど、それも限界。
順番に草を食べて見たけれど、胃液を吐き出してしまった。
花も。土も。
今までも飢えに苛まれたけど、そんなのとは違う。
眠ると言うより、ボクは意識を失っていた。
肩を揺すられ、薄く瞳を開ける。
次に頬を軽く叩かれ、ボクはなんとか身を起こした。
ぼんやりした視界に入ってきたのは、ビニールに包まれたエクレア。
動物的な本能とも言うべき、溢れ出した唾液は洪水のように湧き上がった。
チョコレートがパンにかけられ、挟まれた「クリーム」が覗く。
僕はだらしなく口を開き、涎を流して顎を濡らしてしまう。
「ねえねえ、これ、欲しい?欲しいよねえっ」
ニキビだらけの醜いデブ。しかも何ヶ月も風呂に入った事もないだろう悪臭を立ち上らせた三十がらみの男は、ぜいぜいと口臭を吹き付けながら迫ってくる。
歪んだ眼鏡は曇っていてなんだかロボットみたいだ。
「これ、あげてもいいよ」
今にも餓死しそうなのに、人間の尊厳なんて関係ない。
栄養失調はボクの脳髄を完全に痺れさせ、判断なんて出来るわけがない。
その時のボクは眠るために服を脱ぎ、下着もないので全身を晒していた。そして瞳はうつろに潤み、半開きの唇からは乾ききった飢えの舌が覗いていた。
男が寸足らずのデニムからもどかしく取り出した陰茎は、この世の物とは思えないほど醜悪だったけど、こみ上げる飢えは全てを朧にさせた。
恥垢が大量に纏わり付き、1メートル離れていても顔をしかめる程の悪臭。しかも皮膚病なのか、陰茎をラッピングしたように醜い化膿した吹き出物に覆われている。
そのひとつひとつから黄色い膿が迸り、陰茎自体をヌラヌラと光らせていた。
「これ、舐めてよ。上手にしてくれたら、これ、あげるよ」
目の前で揺れるエクレアはまるで天国の菓子のように見えた。
「君、ほとんど女の子みたいでそそるしさあ。まあ、僕が満足するまではこれはお預けだけど」
考える事なんて出来なかった。