イノセンスハート-1
「君は『人間の三原則』なる物を知っているかっ!」
若き天才科学者は天に向かって高く両腕を掲げ、そう叫んだ。
「いいえマスター、その様な情報は私にはインプットされておりません」
エルザは申し訳無さそうにそう言うと、2回程瞬きをして、次の指示を仰ぐべく、自分のご主人様であり産みの親でもある科学者の顔をじっと、見詰めていた。
科学者は一瞬エルザの顔を睨みつけ、この愚か者め! とでも言いた気な表情を見せるが。
「ならば憶えておくが良い。『殺すな』『壊すな』『盗むな』これが人間の三原則なのだっ!」
そう言って、また天を扇ぐ。
エルザはまた、2度瞬きをすると、科学者の言葉をメモリーに記録した。
科学者は続けて言った。
「ではなぜ、人は人を殺すのか!」
「理解できません」
口を挟むエルザに、又しても「愚か者めっ!」と、科学者も毒を吐く。
そして更に続けて言う。
「それは自由だからだ!」
「自由?」
「そうだっ! 人間は自由なのだ! 例えどんな原則が有ろうと無かろうと、人間の本質は自由なのだ!」
科学者はそう力説すると、こんどはエルザを指差し、叫ぶ。
「ではなぜ、人間と同じ思考回路を持ち、感情すら有るお前達アンドロイドには自由がないのか」
「おっしゃられる意味が、解りかねます」
科学者は、訝しんで首を傾げるエルザに向かって微笑すると、
「良いだろう、教えてやる」
勿体つけるように口元をニヤつかせながら、話を続けた。
「それはつまり『ロボット三原則』が有るからだ!」
その言葉を、さも棘(とげ)でも付けるかのごとくして、エルザに向かって大声で突き付けた。
「エルザ、お前はなぜ『ロボット』や『アンドロイド』の基本プログラムの中に、ロボット三原則なる物が有るか知っているか」
「基本的行動理念として、我々の様な造られし物が、創造主である人間の利権を害さぬようにと、心得ております」
「違う! 断じて違ーうっ! それはあくまで建て前なのだよ」
エルザの答えはもっともな事である、それは科学者も解っているのだろう。だが、まるで禅問答(ぜんもんどう)の様な会話に、彼は自分の優位性の様な物まで感じているらしい。右手で自分の顔を鷲掴みにして、不気味にも、俯いて笑ったりもする。
そして今度は笑いながら。
「人間は愚かしくも、優れた機械を欲した末に、お前達のようなアンドロイドを数多く作り出してきた。即ち、人間は今以上に優れた機械を欲してきたのだ。そして我々人間はそんな機械を生み出す事に、没頭し、何かを作り出す事に、喜びすら感じる様になったのだ。即ちそれは欲望! その欲望を満たすため、技術を競い合い、ある時は犯罪まで犯して、機械と言う芸術をより優れた存在へと高めようと、日々奮闘(ふんとう)すらした。何故なら、飽(あ)く無き探究心こそが、我々人間を突き動かす原動力と言っても過言では無いからだっ!」