狂気-2
カタン、スィー。
部屋の灯りが消えるのと入れ替わりにスポットライトが点灯し、室内に再び禍々しい空気が満ちた。
私は呼吸を整えてベッドに横たわる赤い縄を跨ぎ、その上にしゃがんだ。
「さあ、やりなさいよ伊巻博也!あなたが憎むべき相手がここに居る。快楽に溺れて裏切る女よ。」
「直香…」
「そして浜浦幸雄!愛する妻に裏切られればいいのよ。本当に裏切ってあげる。リアルでしょ?あなたは妻を寝取られた惨めな男にすぎない。」
「それからあんたたち!」
天井のカメラ群を指さした。
「コソコソ覗いてないで、自分が寝取るぐらいの根性見せなさいよ!なさけない。」
伊巻の方を振り返った。
「さあ。」
見つめ合った。
彼は無言でリモコンを操作し、私の股間に横たわる赤い縄を吊りあげていった。
「くっ…」
機械の力で上がっていく縄は、手加減なしに私の股間に喰い込み、柔らかい秘肉にめり込んでくる。既に経験済みだから平気だ、なんてことは無い。さっき味わった痛みへの恐怖が上乗せされ、体だけでなく精神までもがギシギシと締め上げられていく。それは…この上もない快感だった。痛い分だけ、怖い分だけ、それは倒錯し、体の奥の奥から湧き出る疼きを増殖させていった。
「う、ううぅ…あはぁあぁ…」
お尻が、一本の赤い縄だけに吊られて宙に浮いた。
「気持ちよさそうだな、直香。」
「ええ…く、くぅ…最…高…」
負け惜しみではない。本当に…快感が体中をビリビリと痺れさせている。
「手を後ろに回せ。」
両腕が後ろ手に縛りなおされ、膝も吊られ、またもや私は無様な格好で宙に浮いた。
上昇に伴い、縛られた膝を吊る縄が両足を左右に大きく広げていく。それによって剥き出しになっていく秘肉の谷間の奥へ奥へと赤い縄が凶暴に喰い込んでくる。
「うぅ…」
それだけでもかなりの苦痛なのに、股間の縄が前後に大きく往復し始め、その結び目が敏感な蕾や谷間の内側を容赦なく抉って、ジュブ、ジュブリ、と音をたてた。
「くはっ…あうぅ…」
伊巻は、歪んだ快楽に小刻みに震える私の体を冷めた瞳で見つめている。
「こんなのもあるぞ。」
伊巻の手に光るものが見えた。小さな洗濯バサミのような形をしている。
「クリップ?合わせ目がギザギザに尖ってるじゃない。」
「そうだ。だが心配するな、ちゃんと消毒してある。」
私の右の乳首に狙いを定められた。
「ま、まさか…はうぅ…」
ガチリ。
ペンチの様なギザギザが肉を噛んだ。
「く…、こ、このくらい。」
「じゃあ、こうしてやる。」
ギリ、ギリリ…。
「くはぁあぁ!」
伊巻がネジを回すとクリップがどんどん締まり、ワニの口のように尖った歯が乳首に牙を突き立てた。
乳首が変形し、噛み潰されていく。
「くっ…はあ…、はあ…」
あまりの痛さに涙が滲み、息が乱れた。しかしそれは同時に快感の涙に倒錯し、悦びのため息と化した。
「あはぁ…あぁ…」
私は溶けおちそうな意識の中で、さっき感じた疑問をぶつけた。
「さっきのクリップとは違う物のようだけど?」
伊巻がニィっと笑いを浮かべた。
「おや、気付いたか。そう、あれとは違う。挟むだけじゃないんだ、これは。」
私は本能的に何かを感じ、ゾワっと鳥肌が立った。
「挟むだけじゃない?」
その問いには答えず、彼は細いケーブルをクリップに繋いだ。それは拳銃の様な形をした物に繋がっていた。その先端に銃口は無く、注射針のように細長く尖っている。
「な、何、何を…」
左の乳首に近づけられてきた針を見て、私は身を固くした。
「ちょ、ちょっと、針だなんていくらなんでも…」
バチィ。
「ぐはっ!」
その瞬間、乳首が消滅してしまったのではないかと思うくらいの凄まじい衝撃が体を貫いた。と同時に、針の先端あたりから嫌な臭いのする煙が上がった。
「はあ…、はあ…。何…したのよ…。」
激痛が去った後も、ジーンと痺れが残っていた。
「心配するな、煙と臭いはオゾンによるものだ。肉が焦げたんじゃない。空気中の酸素と高エネルギー電子が衝突したときの化学現象にすぎない。」
「すぎない、って…。ぐああっ!」
目の奥で火花が飛び、恍惚が弾けた。再び電流が乳首にスパークしたのだ。
「何なのよ、いったい。」
「この銃のような物は、アナログレコードの静電気を除去する装置を改造したものだ。アンチスタティック・ガンとかエレクトリック・スパークなどと呼ばれている一万円ぐらいで普通に手に入る商品をベースに、ほんの少しだけ手を加えてある。電源は、LEDライトなどでもよく使われる18650型電池。それ自体はたいしたことのない電力だが、針先の様に小さな面積に集中させて一気に放電すれば…」
バヂィ。
「がふっ…」
全身がガクガク震えた。
「この通り。冬の静電気は、掌で勢いよく触って広い面積で受ければたいして痛くない。でも、ビビって指先の様に細くて狭い面積に喰らうと?」
「…まるで、静電気を使った拷問ね。」
「乳首に猛烈な静電気を喰らったみたいだろ?2万ボルトだからな。」
「青野アスタ先生にもやったの?」
「いや、やられた。」
「かわいそうに。」
嫌味を言ってみた。
後ろ手に縛られた私の右手に何か冷たい物が握らされた。
「リモコンだ。そのボタンを押せば、引き金を引くのと同様にスパークする。」
「何よ。私に持たせたら意味ないじゃない。」
「そうかな。」
「自分でスイッチを入れろ、ってこと?」
「どっちでもいいさ、俺は。好きにしろ。」