1 裕子-12
「おい良介。ちょっとおいで」
「・・・」
「もしもし、お耳は付いてんですかあ?」
「お前に良介なんて言われたく無い」
「それじゃ小山君ちょっと来て下さい」
「何で?」
「話があんの」
「話があったら此処で聞く」
「秘密の話し」
「お前と僕の間に秘密なんか無い」
「いいから、ほら」
「引っ張ったりすんな。行くから」
3人でラーメンを食べた翌日の昼休み良介は室野芳恵に屋上に連れ出された。
「あのね。文化祭の後、鹿鳴館のメンバーの何人かでうちに来るんだけど小山君も来なさい」
「何で?」
「可愛いがってやるから」
「馬鹿にするな」
「馬鹿にしてないよ。2人の間に出来た溝を卒業する前に埋めとこうと思って真面目に言ってんだよ」
「埋めたくない」
「人生にたった1回しか無い高校時代なんだよ」
「だから?」
「だからうちにおいで」
「都合が悪い」
「涼子も来るよ、と言っても小山君には効き目無いか。でもあの子酔うと裸で踊り出すかも知れないよ」
「興味無い」
「誰かと約束してんの?」
「してる」
「誰と?」
「お前じゃない奴と」
「当たり前だよ。誰と?」
「言いたくない」
「はーん、裕子だね」
「言いたくない」
「裕子だったら大歓迎だから2人でおいで」
「行きたくない」
「いいわ。裕子と話そう」
「そんなことしても無駄だ」
「大丈夫よ、任せなさい。それじゃうちで会おうぜ」
「会わない」
大和田裕子は抜きん出て年上の雰囲気が強いのでちょっと孤立した存在である。しかし嫌われているのではない。大柄で性格も鷹揚なのに細かいことにまで気が付くし、誰にでも優しくて口のききかたも丁寧なのである。だから誰からも敬意を持たれているし、気さくに誰とでも接する。しかし特別に親しく付き合っている友達というのは少なくとも学内にはいないのである。
室野芳恵はそんな裕子とは逆に口のきき方がぞんざいで顔も美人とは言い難い。悪意のある性格ではないのだが、人をからかったりおどけたりして存在感を示すようなところがある。つまり一種の3枚目的な性格である。同級生の木原涼子と家も近いし非常に仲が良い。涼子は学年で1、2を争うほどの美人であると言われている。
涼子と1、2を争っているもう一人の美人というのが田宮順子で、良介のクラスにはその2人の美人が揃っているのだった。しかし美人は同性の友人が少ないと言う通り、2人とも男には人気があっても女の子の友達は少なかった。どちらが美人かと周りが騒ぐから意識させられるのか、涼子と順子は同じクラスなのにほとんど口もきかない。しかし仲が悪いというのではなく、互いに敬遠しているという程度のことである。
裕子は芳恵から文化祭の後うちに来ないかと言われたが、田宮順子と3人で会う約束なので困ってしまった。順子も連れていくと言えば芳恵もそうだが、芳恵と仲の良い涼子がいい顔をしないだろう。第1順子の方が行きたがらないと思う。