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僕は14角形
【ショタ 官能小説】

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僕は14角形-33


24

 翌朝、布団の中で海底に沈没していると、艦橋部分(つまり僕のおつむ)に激しい打撃音が響いた。

「いつまで寝ているのよ。さっさとシャワー浴びて学校行くわよ。言っておくけどね、女は男よりずっと多忙なんだから」

 あきらかに二日酔いの頭を抱えて、僕はシャワールームによれよれ入り、膝を抱えたままシャワーを浴びた。温水にしたと思うと、冷水にする。これを繰り返すのが目覚ましについての僕の習慣だ。
 びしょ濡れになって出てきたまっぱの僕の上から綿星はバスタオルを被せ、ぐわしゃごしゃと水を拭き取ると、今度は丁寧になにか液体を散らして、ドライヤーで丁重に僕の髪を漉いた。気持ちいい。けど、いいのかよ俺。もう隠す物が何もないぞ。

「さあて、こう毎日続けて同じ服って訳にもいかないし…いちごの方からの服はまだ届いてないしね。さて、どうしますか」

「あのグリーンの花柄のワンピがいい」僕が即答する。

「お気に入りかね。あれ、シフォンだし。まあ、いいけど。……問題はそのピアスね」

「あれ?ピアスしている先輩なんか腐るほど居るじゃん」

「同じピアスでも意味が違うのよ詩音の場合」

「キラキラのひとつふたつが何だって言うんだよ」

 綿星は半眼で僕を見下ろし、あきれ果てたような情けない顔をした。それから詩音の耳たぶの裏を確かめて、ため息を漏らす。

「どこで付けたのか知らないけど、素人には外すのは無理ね。諦めるしかないか」

「何が問題なのか全く見当がつきませんが」僕は首を傾げた。

「あのね、それ、単体でも猛烈に綺麗なのよ。置いておくだけでもびっくりするぐらい。で、それを今の詩音が着けているとどうなるかっていうと……自覚無い?」

「ま、豚に真珠とか猫に小判よりはましかと」

 綿星は中空を睨んで、言葉を探す。「…女王様にティアラ。王様に冠と錫杖というか…違うか。とにかくね、身体中にガソリンを被せて火を着けて街中を歩くようなものね」

「ああ、そんなフランシーヌな僕なわけ?…あまりにもお馬鹿さん…」

「そんな3月30日の歌を歌うな!作者の年齢がバレバレじゃない」

 とか言っているうちに時間が無くなってきたので、慌てて身繕いをした僕たちは五月晴れの空の下に出た。ワンピースの中に風が踊り、身も心も浮き立つようだ。

「わあ、なんでこんな気持ちいいんだろ。女って得してるよなあ」

「というより、詩音は病気?」

「うん。僕は精神的には少なくとも立派にびょう」綿星が口を塞ぐ。

「違うのよ、さっき見たけど、詩音って、身体中に一本も毛が生えてないじゃない。単なる発育不全かなあ?」

「綿星の場合、発育超過といいますか」

 ごつん、と脳天から硬い拳骨が降ってきた。今日はこんなに晴れているのに。

 教室の机に座ると机の引き出しから一時限目の教科書を取り出し(僕は教科書とかノートを持ち歩いたことがない)バッグから拾い上げたシャーペンを指で回したとたん、取り落としてしまった。背筋が凍るような戦慄。
 とにかく異常に静寂なのだ。衣擦れの音もしない。そーっと首を回してみる。
 あちこちで集まって談笑していたはずのクラスメイト達が、全員僕を見ていた。それも、あきらかに奇妙に硬直している。
 綿星だけがその短髪を振って、「あ〜あ」とでも言いたげにうんざりした様子で頬杖を突いていた。それを見る限り、少なくとも時間が止まっている訳ではないらしい。
 クラス全員に共通しているのは、目を見開き、口を半開きにしている事だ。もしかして集団ヒステリーの逆説版だろうか。「集団ナルコプシー」とか。ははは。
 その時、草冠いちごが扉を開けて入って来た。そのまま僕の所にやって来る。

「ごめんね〜、詩音。服、明後日になっちゃうかも。一点物って時間かかるのよ。それに、デザインに姫乃お姉様がいろいろ言うから、ややこしくなっちゃって。」

 いちごはピンクと白を織り交ぜたフリフリのツーピースに合わせて作られたような(多分そうだろう)バッグを自分の机に下ろすと、僕の至近距離に到達する。そして、左から右から頭を振ってまじまじと僕を観察した。

「うん。イメージ通り。似合っているわよ、詩音」

 教室中から一斉に大きな吐息が吐き出された。みんなディーゼル潜行していたのだろうか。一様に青白い顔をしている。
 担任の鈴木先生が入って来て、みんなそれぞれ自分の机に向かう。でも、動き方がどこかロボットだ。最近の関式の方がよっぽど動きが滑らかだぞ。
 例によって(この人はいつでも自分の足下を見ている哲人だ)出席簿を開き、口を開けた。

「あー、おはよう。出欠を取る。あも…」

 眼を上げて僕を見た先生の動きが止まる。再び訪れる静寂。

「あー、天羽…詩音。今日はその、綺麗だね。えーと、伊野瀬清…」

 再び通常に動き出した教師を見て僕はほっと胸をなで下ろす。今日は人間にとって潤滑油という物が不足しているに違いない。
 僕はリラックスして、左の耳たぶに軽く触れた。硬く、光る物。それだけだ。ミクロネシアの海上を見回して、僕はふたたび緩やかに潜行を開始するべくメインタンクへの注水を始めた。


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