僕は14角形-21
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綿星の家も草冠や姫乃ほどではないにせよ、良家のお嬢様らしく、内装工事は壮絶を極めた。これなら最初から寮全体を立て直した方がどう考えても効率的だ。
実際綿星の部屋から玄関まで、もしかするともしかするのではないかと思わせる渋い色彩の絨毯が続くことになる。三日間で工事が終わるまで、僕はろくに眠れない事になった。何しろ夜を徹しての突貫工事だ。工事中に綿星はあれこれ指示を出し、そうでないときは僕の部屋に来て、僕に何が起こったのか、根掘り葉掘り洗いざらい信号機の数まで白状させられた。
工事が終わって、家具が運び込まれ、しばらくすると改めて綿星が僕の部屋の扉を叩いた。彼女には明らかに低すぎるドアをくぐり抜け、細い身体がさらに際立つ例の黒い服装で。
「ごきげんいかが?詩音」
「お前はアーリア人か。土とか床とか汚れない物の上は歩けないってのか」
「馬鹿ねえ。花びらが敷いてあったら私でも歩けるから」
「だから『アーリア人』かって言ってるんだよ」
A-TVを映しているiMacから、またしても嫌なニュースが流れてくる。いくつかの僕のクリップと動画を編集した「謎の超美麗少年、タワーレコードに出現──全てのプロダクションに該当するタレントは確認できず──」
うんざり。やってしまって後悔するなんて、馬鹿だ。
「そう。大島先輩の気持ちがわからないでもないけど、その傀儡である草冠にしても──まあ、一番馬鹿はあなたね」
いつの間にか綿星はその身長の割に華奢な手でお茶をすすった。
「ま、絶望的にならないで。考えはあるわよ」
「こっちに来なさいよ。用意…あちっ、狭いなあこの部屋」
お前が規格外なんだろうが。
綿星の部屋は、意外なほどシックだった。こんなに狭い部屋なのに、生活臭というものが全く無い。上品だけど、いわゆる「女の子らしい」部屋のテイストは微塵も感じられない。小さいけど、桜材を使った上品なテーブルの上に洒落た小箱が積み重なっていた。とても悪い予感がする。
綿星はその箱をどんどん開けて、ふむふむ、と頷いている。
「よーするに。『男』なので問題なんだから、もう一つの性を纏うわけ。これでもうノープロブレム。安全確実な、たった一つの冴えたやり方だ」
「意味がいまひとつ理解出来ませんが」
「判らないの?単純な事じゃない。『超美少年』は問題になるけれど、『超美少女』なら世間では一般的に認知されるって事」
「要するに『偽美少女』をでっち上げるわけだ」
「そうともさ」
二人同時に爆笑した。と同時に沈黙。
「でも僕、純粋に男性なんだけど。しかも○○だし」
「完全を望むなら、姫乃先輩に○○○○を切除して○○○○を作って貰えばいいんだけどねえ。ついでに豊胸しゅ…」
僕は綿星の口を手で塞いだ。「妥協案でいきます」
綿星は積み重ねられた箱から、大量の女性用の下着、キャミソールやワンピース、ブラウスやふわふわしたスカート、ペチコートやらを机の上にばらまいた。
「化粧品に関してはあなたは全く不要。化粧して生まれて来たようなものだからね」
「あの、パンツまでショーツ?」
「それも清楚なのをね。外見をいくら装ってもブリーフは隠せないものよ」
僕はシルクのキャミソールやシンプルな白い、これでもかというぐらいの女らしいフリルの複雑に重なったワンピースを茫然として見下ろした。パンティはサンライト・イエローから淡いピンク、清楚なシルクまでいろいろ。
「でも、学校では俺は『男子』として登録してあるわけだし。学校のみんなは僕が男だって知って居るんだから、何が何でも無茶でしょ」
綿星は人差し指を左右に細かく振った。
「そこがそれ、私の力の見せ所なのよ。もっとも書類関係は私には出来ないから、もう草冠と姫乃には手を回して貰っているわ。」
僕はブルマと既に「天羽」と書かれた体操服を見る。
「更衣室とか、トイレはどうすんの?」
綿星は勝ち誇ったように胸を張った。
「女子用に決まっているでしょ。それとも『男子トイレに入る変態女子』になりたいの?それもまあ、一興だけどね」
僕はぶるぶると首を振った。更衣室が、唯一心配だったけど。
深度マイナス12メートル。潜水艦は空を飛んでしまった。僕は環境から身体を乗り出し、インド洋のモルジブ列島を遠望する。メインタンク全解放。