僕は14角形-17
僕が姫乃に押されてドアから出て、足をおろしたとたん、回りの風景の空気が一変した。ベンツ6.9が無惨にも遠ざかって行く。歩道に足をかけて、一瞬目眩がしたが、気を取り直して顔を上げ、ほんの少し微笑んで回りを見回した。多分、虹色の星が何千個か煌めいたのだろう。
実は隠されているのだが、僕はとても動きが美しい。いわゆる「立ち振る舞い」というやつだろう。これは母親が話したお爺ちゃんの仕草と一致する。ベンツ6.9は少し離れた所で姫乃といちごを下ろしていたが、誰一人そんなことに気が付かない。
地味めにエスカレーター入り口の横にある壁に軽く身体を預けて、僕は伏せていた眼を思いっきり開いて、左から右へ視線をなぎ払った。大人数の息をのむ音が表参道に静かなどよめきを生む。スパンコールな女の子が三、四人足を取られて植え込みにのめり込んだ。肘までの黒い手袋の指を剥き出しの腰に当てて、左耳のイヤリングを弄ぶ。少なくとも視界の限り、女の子は（野郎も）眼を剥いて僕を凝視していた。
「ちょ、まって」「うそうそうそ」「しんじって、なに、あれ」「っぱないじゃん」女の子達は日本語に限りなく遠い嬌声を上げる。
僕は心から軽蔑した。僕は今「兵器」になっている。世界最強の攻撃型潜水艦として。
目標を補足。1番から8番まで全魚雷装填と同時に注水。外扉を開け。目標、出来の良い子。8門同時発射。
僕は三日月に飾られた宝石から至福の魚雷を発射した。
といっても、一人3秒づつ好意のある眼で見つめただけ。8人中、5人撃破。その場で失神した。僕は両腕を上げて限りなく滑らかで透明な腹筋とお臍を晒し、頭の上で腕を組む。それは放射性の核同位元素。さらに3人撃破。
それでもしぶといイージスは残っているみたいだ。黙って僕はタワーレコードの店内に入る。一応レコード売っているんだしと言ったら、姫乃は叩き出す前に札束を皮のパンツに押し込んでいた。
いきなり満員になった店内に、定員が一瞬たじろぐ。僕は散歩するみたいにプログレッシブ・ロックの棚の前を歩きながら、時々思い出したようにアクティブ・ソナーを打つ。つまり、さりげなく振り返る。その度に、大量のため息のような物が店内を満たす。
「プログレですかあ、趣味いいですねえ」なかなか気合いの入ったイージスだ。第三艦隊かな？
「うん。プログレは好きだよ。」始めて出る僕のハニーボイスは空気をねっとりと甘い物にする。僕のサラサラの髪の毛が、わざと女の子の頬を愛撫する。
「ど、どどどんなのが、お好き、なんですか？」どうしてこう、女の子っていうのはこういう場合犬のように見上げるのだろうか。あ、ヒール履いていたっけ。
このイージス艦、かなり最新式のなかなかエレガンスな艦体をしている。服装はゴスロリ系だけど、アーモンドのような瞳はけばけばしい化粧が必要の無いほど整っている。顔の大きさも小さく、細いけど出るべき所は出ていて贅肉一つもない完璧ボディ。服装がびらびらしていても、それが判る。何よりも際だった気品に溢れていた。多分20メートルごとにプロダクションにスカウトされていそうだ。