妙子2-44
「店のオーナーが俺の知り合いで、久美の面倒見てやってくれというから、チンピラみたいな真似してるんだ」
「そうだったのか」
「ところで、あんたの話というのは何なんだ? もっと分かるように話してくれないか」
「俺の事で久美に頼まれてトラブル処理をしたということはないか?」
「あんたが久美とトラブルになってるのか? それは聞いてないな」
「うむ」
「あんたも久美にのぼせ上がってしつこくまとわり付いてるのか?」
「反対だ」
「反対? 久美があんたにのぼせ上がってる?」
「いや。俺の勝手な思い込みかも知れない」
「それはあり得るぞ。あんたは有名人だし、あいつは有名人が好きなんだ」
「俺は有名人じゃない」
「いや、あんたが有名人になってくれたお陰で俺の面子は回復したんだ。今ではあんたと3回も喧嘩したというのが俺の勲章になってる」
「そういうことなら俺も嬉しい」
「それで、あんたと久美の間に俺がどう関係するというんだ?」
「いや。どうやら俺の勘違いだったようだ。忘れてくれ」
「研、あんたとは仲良しという訳じゃないが、古い付き合いなんだ。そこらのチンピラみたいに扱わないでくれ。此処まで呼びつけておいて『勘違いだった。忘れてくれ』はないだろうよ」
「うむ。実は俺は此処最近数人の男どもに何度か襲われている。その内の1人をトッ捕まえて聞いて見たら、詳しい事情は知らないようだったが『女を泣かせるような奴は男の屑だ』と言いやがった。しかし俺はそこらのチンピラみたいに女を泣かせたりはしない。総会屋だから関西あたりの同業者が出張って来て言いがかりを付けるなんてことも考えられないんだ。要するに心当たりがない。だけど久美に1度口説かれたことがある」
「ほう。それでフッたんだな」
「まあ、口説かれたという程のことでもなかったのかも知れんが、女を泣かせたと言われるとそれくらいしか思いつかんのだ」
「それで俺が久美の男だと思って、俺が恨みを晴らしに乗り出したという筋書きか」
「まあそう考えた」
「最近俺は仲間内では『仏の哲』と言われてるんだ。昔の喧嘩哲なんかどっかへ行っちまったよ」
「とは言ってもトラブル処理をしてるんじゃないか」
「それがお笑いなんだ。例えばさっきの青いセーターの男が店を出たら俺も一緒に店を出る。店の外には体のデカイ若いもんを待たせてるんだ。そいつと合流して青いセーターを呼び止めて凄んで見せるというお決まりの話なんだが、実際はそうならないんだ。殆どが逆に俺に泣き付いてくる。今までどんなに久美に搾り取られたか聞かされるんだ。久美から分け前貰ってる訳じゃなし、そんなの相手に凄んだり出来ると思うか? 『諦めて薬になったと思え』なんて慰めたりするんだ。まるでコメディだよ」
「そうか」
「初めの内は知らないもんだから『男が女に未練タラタラなんて格好悪いだろ』なんて言ったりした。すると『本当はもう顔も見たくないんです』なんて言うんだよ。面食らったぜ。しつこくつきまとうのは付き合えと言ってるんじゃないんだ。少しでも金を返せと言ってるんだよ」
「分かった。呼び出したりして済まなかった」
「場所を此処にしたということは、あんた相当な覚悟をして来たんだろうな」
「ん?」
「ひと暴れするつもりで此処を選んだんじゃないのか?」
「いや、そんなことはない」
「まあ今更仲良しになろうとは言わんが、もう喧嘩するような年でもないだろう。折角来たんだ。大人しく飲んでってくれ」
「ああ」
「あのな」
「ん?」
「襲った奴らはヤクザだったのか?」
「喧嘩慣れしてはいたが、ヤクザじゃないような気がするんだ。ドスを振り回したりしていたからな」
「ほう」
「それに鉢巻きしてた奴はいたが、腹に晒し巻いてる奴はいなかった」
「此処らのヤクザで、あんたの顔を知らない奴はいない。それに、あんたと喧嘩しようという酔狂な奴もいないだろうよ」
「そうだといいけどな」
「そうでもないだろう」
「そうでもないとは?」
「その襲われたというのがそうだったんだと思うが、あんたが最近派手な喧嘩をしたという噂は聞いている。いつまでも元気なもんだと感心してたんだ」