クッキーの行方-5
「2月14日だけのサービスです」
まゆみがドアを開けかけた時、
「今度、君を指名できるかな」
すがる想いになっていた。
(こんな可愛い若い娘と楽しめるなんて……)
体を張った濃厚な愛撫……。これで終わりなんて……。
チョコレートは口の中で飲み物のように消えていた。
「ありがとうございます。……できますけど……」
まゆみは俯いてから顔を上げ、
「そろそろやめようかと思っているんです……」
「そう……」
突然のことに言葉が詰まった。
(そのほうがいい……)
思いながらも、
「出張で、あと3日ここにいるんだ……」
まゆみは小さく頷いた。
「明日から少し休む予定でいるんですけど……」
「それじゃ、難しいか……」
「……」
まゆみの視線は一点を見つめて止まり、焦点がないように見えた。その顔は端正で知性を感じさせた。
まゆみが西村の前を無言で通り過ぎた。ベッドに歩み寄ってメモ用紙を手にした。
「これ、私の番号です。内緒です。都合が合えばですけど、約束はできません」
彼と目を合わせることはなかった。
(もう1度会いたい……)
まゆみを想うと胸がときめいた。それは、単にいい想いをした女を求めるという性的高まりとはどこか異質な感覚があった。
(そうだ……)
似た感情が遠い昔にあったと思い至った。思春期の恋心……。
(恋?……)
自分で考えて1人で笑ってしまったが、気持ちの揺れ方が、不安定で心細い片想いの心情に近いように思ったのである。
現地の担当者を同行して強行ともいえる日程を組んで仕事をこなしていったのは、まゆみとの時間をつくるためだった。
(個人的に会いたい……)
出来れば、夜のサービス、ではなく、1日、どこかに1泊できないか。……
考えてみれば図々しい話である。名前も知らないデリヘルの客である。期待することはもちろん、誘うこと自体どうかしている。だが、彼は勝手に描いた妄想にすっかり陥ってしまっていた。
彼女が会ってくれるかどうかはわからないが、ともかく、仕事を片付けて時間を確保しておきたかったのだ。
予定では土曜日の午前中に山形に立ち寄って、午後、東京に帰ることになっていた。出社は月曜日である。
(金曜日に全部終わらせる)
そして土日はまゆみと過ごせないか。家には予定が伸びたと言えばいい。……
ところで、
(本当に彼女の番号なのだろうか?……)
メモを見つめて考えた。見ず知らずの客に簡単に教えるのは考えずらいことではある。
(俺だけ特別なのかもしれない……)
そんなはずはない。……自惚れたのではない。そう思いたかったのだった。
仕事用の携帯を別に持っていて、個人的に客を取れば丸儲けになる。そんな危ないことをするだろうか。
電話をしてみたい衝動にかられたが自重した。仕事の目途がついてからだ……
夜になるとまゆみとの会話、彼女の言葉が思い出されてなかなか眠りにつけなかった。
家を出た経緯に嘘は感じられない。
『やめようと思っている』
そこにも思惑は読み取れない。サービスのテクニックは『プロ』にはちがいないが、泥沼に陥ってはいない印象だし、崩れてもいない。顔にはしっかりとした意志が感じられた。西村はそう思っていた。