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クッキーの行方
【その他 官能小説】

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クッキーの行方-4

(4)

「お風呂、お湯入れてきました」
口をすすぎに行ったまゆみはそう言って、
「あとで一緒に入りましょ」
西村は放心したようなぼんやりした頭で聞いていた。

 思考が働き出すのに少し時間がかかった。
かつて記憶にないほど満たされた想いに流されていた。
 初体験はバイト先で知り合った同い年の学生である。挿入の途中で射精が始まってしまったのを憶えている。互いに初めての経験だった。当然昂奮もして曲がりなりにも一体となった感激があったはずだが、満たされた事後感があったかどうか。相手の名前は記憶しているがはっきり顔は思い出せない。その後接した女……。振り返ってもこの夜ほど心身の満足を覚えたことはなかった。

 まゆみはバスタオルを羽織っただけの裸で椅子に座ってタバコを吸っていた。
「タバコ、吸うんだ」
「はい……。いいですか?もう吸ってますけど」
西村も火をつけて向かいの椅子に掛けた。タオルで股間を被った。

「ありがとう……」
自然に出た言葉だった。
(いい想いをさせてくれた……)
「いえ、こちらこそ。……まだ時間、残ってます」
1時間ほど余裕がある。あとでまゆみと風呂に入る。……満足しているのにまだ気持ちが熱く残っている。これも過去に経験のないことである。

「危ない目に遭った事ないの?本番迫られたとか」
「ありますよ。何度か……」
「どうするの?相手は力が強いだろうし」
まゆみは手元の携帯を手に取った。すぐに緊急コールでロビーにいるスタッフが駆けつける。
「そうか……」
スタッフという言葉が何だかおかしかった。
 男が声を掛けた客だからその存在はわかるわけだ。だが、実際に呼ぶ前に違反行為はやめるという。
「呼べばすぐくるわよ」
そして、ヤクザだと言えばそれで終わる。
「それでも迫る人はいませんよ」
そういえば携帯をすぐそばに置いてある。風呂場にも持って入っていた。

「齢を訊いてもいいかな」
「いくつに見えます?」
「学生にしか見えないんだけど……」
「ありがとうございます」
まゆみはなぜかふっと息を抜くように微笑んで、
「4年前までは学生でした……」
26になると答えた。嘘ではないようだ。いつからこの仕事を?……。
「卒業して、間もなく……」
いったん就職したのだが、アルバイト感覚でデリヘルを経験して、そのうち、
「本業になってしまいました。ふふ……」
すんなりと話す表情にまやかしは感じられなかった。ふてぶてしさもない。むしろ素直な心情が伝わってきたと思ったのは、娘に惚れたのか、デリヘル初体験の昂揚感なのか。……

「何か、やりたいことがあるの?」
「うーん。これっていうのはないんですけど。いま模索中」
 在学中は教師を目指していたのだそうだ。
「親が2人とも教師なんです」
自然とそうなるものだと思っていた。両親も、自分も……。

 採用試験に落ちて、来年もう1度挑戦しようと割り切っていたら、親の態度が変わった。口には出さなかったが落胆した様子が感じられたという。
「たった1度ですよ」
「そうだね。翌年またチャンスがあったのに……」
「そうですよ……」
でも……。まゆみは表情を引き締めて語った。
「私が、甘えてたのかもしれない……」
そう思うようになった。
 親のおかげで大学までいかせてもらって、旅行や遊びの費用まで出してもらっていた。
「私、バイトしたことなかったんです。お嬢様です」
 それなのに、試験に落ちても平然と、
「浪人する。来年また受けてみる」
笑って言った。それがいけなかったようだ。
「自分では内心ショックだったんですよ。気持ちを隠して無理して明るく言ったことが親には自覚がないって思われたみたい……」
 きちんと筋を通して気持ちを伝えればよかったと後悔したが、
「なんか、意地張っちゃって……。1人で生活するって、出て来ちゃったんです」
笑った顔には複雑な色合いが浮かんでいるように見えた。
「受けてみたら?採用試験」
「ええ?……ふふ、デリヘルの教師ですか?」
「どんな経験でも自分に生かせばプラスになると思うけど……。それと、ご両親には連絡をしたほうがいいと思う……」
言ってから、偉そうなことを言っている自分に気づいた。
(デリヘルの客だ……)

 話しているうちに時間が迫っていた。
「あら、あと20分ですよ」
「そうか」
立ち上がった目的は風呂だ。勃起したとしても『排泄』する気はない。ただ、この娘と抱き合いたかった。
「一緒に、いいの?」
「はい」


 若い体に触れて、西村は胸の痛みを覚えるほど感動した。素晴らしいと思った。まだ息づいていた性への欲求に心を熱くし、しかし、妻や家族を想い、悲しくもあった。
(弱いもんだな……)そして、
(こんなものなのかな……)
妙な諦念と逃避を感じていた。

 帰り際のことである。
「あ、忘れてた……」
ドアの前でまゆみが振り返った。
「今日、バレンタインでしょう」
バッグから取り出したのは小さな箱。中から1つ、取り出した。
「ああ、少し溶けちゃってる」
サイコロみたいなチョコレートである。
「生チョコなの」
まゆみはチョコを指で摘まんで、
「バレンタインです。お口で受け取ってください」
舌を出すとその上にのせて突き出した。
「そう……」
ためらったのは悦びの昂奮にほかならない。
(ほんとうにたっぷりサービスだ)
顔を寄せ、吸うようにチョコを口にした。まゆみの舌先、そして唇にも触れた。
 


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