投稿小説が全て無料で読める書けるPiPi's World

魚精
【その他 官能小説】

魚精の最初へ 魚精 3 魚精 5 魚精の最後へ

魚精-4

(4)

 もう一度、あの体験を……。
日が経つにつれ、あの夜のことが益々膨らみ、鮮明に思い出され、少女の蠢きや膣内の微妙な収縮がつい昨日のことのように甦って安田を悶々とさせた。
(抱きたい……)
あの小さなヤマメを釣る。そしてリリースする。やさしく、そっと逃がしてやろう。そうすれば、また……。
(来ないでください……)
そう言ったが、
(会いたかったんだ……君を忘れられなくて)
心を奪われたんだ。君の美しさに……。
(わかってくれる……)
今度は女の歓びを教えてあげるんだ。……


 3日間の有休をとって『神の淵』に向かったのは『あの出会い』からひと月後のことだ。どうにも気持ちを抑えられなかった。
「祖母が亡くなって……」
急なことで嘘を言うしかなかった。仕事のことなどどうでもよかった。

 逸る気持ちを抑えながら真夜中に出発した。高速を飛ばしても4時間はかかる。早朝を狙いたかった。なるべく早く釣り上げて、ゆっくり楽しむ。三日間の休暇をとったのは、(2泊できないか……2泊したい……)
たっぷり、少女を、もっともっと愛したい。
 勢い、踏み込むアクセル。目いっぱい飛ばしているのにもどかしいと感じた。

 空き地に車を止めてエンジンを切る。さすがに疲れを感じてタバコに火をつけた。1度も休憩を取らずに走り続けたのである。
 窓を開けるとE川の流れの音が聞こえる。
(ここから登りだ)
夜はすっかり明けている。よく晴れている。足場もよく見える。
(慌てることはない……)
あれだけ急いていた気持ちを抑えられたのは、落ち着いたからではない。さらなる昂奮が高まって足腰に震えを感じたからだった。休みなく運転をしてきた影響もあっただろう。とにかく目前まで来た。
(釣ってやる……)
気が付くと一人で笑っていた。

 川に向かって歩き出した時、川沿いの茂みから男が1人現れた。
(そういえば……)
空き地の隅に軽トラックが止めてあった。
 初老の男である。雰囲気から地元の人と思われた。

「おはようございます」
声をかけた。山は私有地のこともある。挨拶をすることでトラブルを避けることもできる。
「おはよう」
愛想よく微笑んだ男は安田の恰好を見て、
「釣りかね?」
「はい」
「どちらから来たんかね」
「東京です」
「へええ、東京……」
男は目を見開いて驚いた顔を見せた。
「ここは、入漁料がいるんですか?」
「いや、そんなものはいらんが、今日は無理だなあ」
「無理ですか?」
「ああ……」
一昨日降った雨で川にはまだ濁りがあるという。
「かなり濁っててな。様子を見に来たんだが、あと2日はかかるかな」
訊けば温泉宿の主で釣り客の問い合わせがあって川を見に来たのだった。
「雑魚くらいしか釣れないだろうな」
川をよく知る地元の人の判断は正しいだろう。
「明日も変わらないですかね」
「まあ、今日よりはだいぶましになるだろうけど」
宿はとってある。今日がだめなら明日もある。
「とりあえず、行ってきます」
「ああ、岩が滑るし、流れが急だから気いつけて」

 行きかけて、安田は『神の淵』のことを訊ねた。
「神の淵?」
「神様の神、だと思うんですが」
男は心当たりがなさそうに首を捻った。
「そういう場所は聞いたことがないなあ」
E川本流ではなく、滝の先にある沢を登ったところ。淵は大きな岩に三方囲まれている。思い出すまま説明すると、男は何度か頷いた。
「涸れ沢の上流にあった淵だな、たぶん」
淵の周囲の景観を伝えると、ほぼ『神の淵』だと思われた。
だが、男の話では今はすっかり干上がって水はないという。
「ない?……」
「ああ、まったくない」
「いつからですか?」
「もう7、8年ほどにもなるかな」

「あの淵の底と上流には湧き水があってな……」
豊富な水量があったという。澄んだ水は飲むこともできた。だが、魚はいなかった。本流に流れ込む沢は細く、浅く、しかも勾配が急だから魚は上ることはできない。いるのは虫の幼虫やカエルだけだった。
「俺も昔行ったことがあるけど、魚は見たことがない。いればにおいでわかるもんだ」
だから釣りをしにそこへ行く者はいなかった。

 ところが10年ほど前、巨大なイワナがいるという噂が拡がった。誰が言い出したのかはわからない。地元の者も何人か釣りに入ったが、結局釣ることはできなかった。
 それから程なくしてのこと、県外から来た男が淵で死亡する事故が起こった。
「電気を使って、自分が感電しちまったんだ。まったくバカなことをしたもんだ」
イワナどころか、小魚一匹いなかったらしい。
 不思議なのは、その後湧き水が枯渇したということだ。
「地下水がなくなったのか、原因はわからねえけど……」
あれだけこんこんと湧いていた水が涸れてしまうのは信じられないことで、人が死んだことも重なって、当時を知っている者は近寄らなくなった。
「だからあの沢を涸れ沢っていうんだ」

(いや、水は流れていた、だから登って行ったんだ……淵にも水は満々と湛えられていた……)
 男が去った後、安田は奇妙な感慨を味わっていた。
(神の淵は俺を迎えてくれたのではないか?俺だけを……)
イワナも見た。とてつもない大きな魚影をはっきり見た。
(きっと俺を呼んでるんだ)
きっと、『神の淵』を守るために俺が必要なのだ。安田は力強く川に向かって歩き出した。
 




 


 


 

  
 


魚精の最初へ 魚精 3 魚精 5 魚精の最後へ

名前変換フォーム

変換前の名前変換後の名前