宴 〜契約〜-6
「あの時みたいにって……お前、あれをどこまで思い出してるんだ?」
「どこまでって言われると……全部」
「…………………………………………はぁ!!?」
「本当はね、ずいぶん前―塩井さんにひどい事された後……ほら、初めて口でしたじゃない?あの時、思い出すきっかけを掴んだんだ」
説明しない事には愛撫の再開は難しいようなので、智佳は説明するために口を開いた。
「きっかけさえ掴めば、後は割と簡単に思い出せた……六年前の事はね」
智佳は、困ったような笑みを浮かべる。
「知りたい?あの時どうして胤真としようとしたのか」
胤真は無言でうなずく。
「あの頃ね……私、胤真が好きだったんだよ」
「………………え?」
あまりにも意外な一言に、胤真は硬直した。
「でもさ、胤真は昔からかっこいいもの……狙う女の子はたくさんいたし、美人ばかりだから私じゃかないっこないし……既成事実を作ればいいと思ったの」
「それで……あの時、チャンスが訪れた訳だ」
「うん。でも結局失敗しちゃったし、もう駄目だと思って。忘れるために、違う男の子を見ようと思ったの」
「……で、新見と付き合ったのか」
「そう。胤真くらいにかっこいい男の子じゃなきゃ忘れられないと思ったから、時間をかけて色んな男の子を物色して……祐一君だったら忘れられそうだと思ったの」
その結果として強姦されたのだから……。
「……馬鹿だな」
「うん、そうかも知れない……けどね、あの事さえなければ、本気で祐一君を好きになってたと思う。彼の事、ちゃんと好きになりかけてたから……新見君の方に、振り向きかけてたから」
「おまっ……!!」
智佳はくすくすと笑った。
「胤真、やきもち焼いてる?」
「……当たり前だろ」
キスを交わし、胤真は愛撫を再開する。
「でも……何でちゃんと告白しないであきらめたんだ?」
何となく答を予想しながら、胤真は尋ねた。
胤真の場合は自分の恋愛感情よりも優先させるべき事が多過ぎて、告白できなかったという方が正しい。
「だって、私……再従姉妹だもの」
「……やっぱりそういうオチか」
「法律上は従兄弟同士でも結婚する事が許されているけれど……いくらそれより薄くたって、血の繋がりって実際に直面するとやっぱり重いもの……」
「ったって、従兄弟で問題がないんだから、再従兄弟になったらほぼ他人だろ?現に今までだって、安全日には中だ……」
胤真は、愛撫の手を止めた。
「……それじゃあ何で、今まで何も言わずにM調教を受けてたんだ?」
智佳は、苦笑いを浮かべる。
「フラれるのが恐いから……お互いが離れられなくなるまで調教を受ければ告白した時、私を受け入れてくれると思ったの」
智佳は、胤真の頬を撫でた。
「でも、そういう謀り方はしなくても良かったのよね。嫌いな女に、手を出す訳がないんだから……」
胤真は微笑む。
「爺さんに感謝、だな」
くちゅ……
「あ……ん……」
指先で秘唇を割られ、智佳は甘い声を上げる。
「お前をそういう風にけしかけたって事は、俺達の仲は認めている訳だ」
「そ……う、かな」
「認めないのにお前を後押しするなんて意味のない真似をする程、爺さんは暇じゃない」
「そっ……か……そうよね」
智佳はうなずく。
「長い間待たせてごめんね、胤真」
胤真は掌で智佳の頬を包み込み、口付けを交わした。
「ああ。本当に長かった……長すぎて、何から始めればいいのか分からない」
「私が教えてあげる……待たせた分、たっぷり愛してあげるから」
「期待してるよ」
そして、十年の月日が流れた。
胤真は草薙グループの中核を担う会社の副社長として辣腕を振るい、智佳はその筆頭秘書として公私に渡るパートナーを務めていた。
恋愛関係も、今だ続いている。
あの日の約束通り、胤真は智佳を飼い続けているのだ。
「さ、て……」
胤真は伸びをし、腕を軽く回しながら尋ねた。
抑えても抑え切れないエネルギーを周囲に発散しており、若いのにかなりなやり手というのが周囲の評判である。
「次の仕事は?」
「本日の予定は、全て終了しました」
そっけなく、スーツ姿の智佳は答えた。
十年の月日はその体から匂い立つような色気を発散させるように作り変え、周囲からは『あの女なら副社長が夢中なのもうなずける』と言わしめるようになっていた。
「何だ、もうか?」
「会長が夕食にお呼びだと、私は今朝説明したように覚えていますが?」
胤真は指先で、整髪剤を使って後ろへ撫で付けた髪をほぐした。