お世話いたします……-2
(2)
しばらくして、
「立ち入ったことをお聞きするけど……」
結婚のことを訊かれた。貴子は離婚して2年になること、今後、結婚するつもりはないことを話した。本心であった。
「まだお若いから」
「いえ、もう37です……」
「これからですよ」
「先のことは自分でもわかりませんが、その気はありませんし、そういう相手もおりません」
社長と専務が顔を見合わせ、互いにわずかに頷いた。
「実は、新田さん」
「はい」
「今日はあなたに決めるつもりでお呼びしたの」
「?……」
「正式に採用することにします。いいですか?」
「え?……はい……」
口ごもったような返事をするのがやっとであった。
電話で問い合わせた時にほぼ決めていたという。
「何て言うか、印象なのよね。印象がよかったの。それって、曖昧なようだけど、けっこう大事なのよね」
それと、独身であること。
「それが条件ではないですよ」
身軽なほうが正社員として幅広く活動できるという意味だという。
この日に採用が決まるとは思ってもいなかったので嬉しさよりも戸惑いのほうが大きかった。
気になる『社長宅での仕事』だが、
「まあ、秘書のようなものかしら……」
自宅には取引先の経営者をよく招くことがある。親しい人ばかりで、主に食事会の形で情報交換と親睦を兼ねたものだという。その設定や接待、スケジュールの管理などが仕事で、だから秘書のようなもの……。
「秘書ですか……」
ぴんとこないし、不安になった。
これまで誰にでも出来るようなパートしか経験がない。
(秘書だなんて……)
最先端の企業である。その秘書のイメージとして、バイリンガルで常に先を読んでてきぱきとスケジュールをこなす知性溢れる女性を描く。自分に当てはめたことなど一度もない。
「難しく考えないで。家の中のことだけだから。それに、毎日お客様がみえるわけでもないし……」
迷いを察したのか、専務は貴子に笑いかけた。
(そう……家の中の秘書……)
余計わからなくなってくる。
「でも……私につとまるでしょうか」
なおもためらっていると、
「大丈夫。家には通いのお手伝いさんが一人いるだけだし、気を遣うこともないから」
笑顔で説得されてしまった。
仕事が決まったのだから喜ぶべきところだが、あまりにも簡単に事が進んで、しかも条件がいい。不安があったのは事実だが、一流企業の社長宅、何より奥様の誠実さに気持ちが和らいだのだった。
社長は58歳、専務は1つ年上、小学校から一緒だということだった。
「6年生の時から口説いてたんだよ。中学生の郁子がきれいに見えてね」
「あなた、馬鹿な事言わないで」
専務がちょっと顔を赤らめて言うと社長は豪快に笑ってワインを飲みほした。
社長も気難しい人ではなさそうだし、まだ勤めてはいないのに、
(居心地はよさそう……)
そう感じて気持ちが和んだものだった。