未来-1
あ、
「ルリカちゃーん!」
改札を出たところでルリカちゃんはもう待っていてくれた。なんだか待ちきれなくて、私も早めに着いちゃったんだけど。
彼女は微笑んで手を振ってくれた。
人数合わせで呼ばれた気乗りのしない合コンで出会ったナゾ多き美少女、ルリカちゃん。
買い物行ったり、お茶したり、ライブ行ったり、動物園行ったり。
ほんの数週間の間に私たちはまるで恋人同士のような頻度で遊んだ。
もちろん私は彼女と一緒に居る時も、いろんな場所でいろんなやり方でいろいろと…。
そして今日はいよいよ彼女の部屋に…。って、だから違うってば、そういうのとは。
「こっちだよ。」
自然に手を繋ぎ、私たちは歩き出した。
「へえ、けっこう都会的な街に住んでるんだね。」
私の職場からそんなに遠くない。電車の路線も同じ。
「便利なの。本当はもっと緑の多い所が好きなんだけど、仕事の関係で。」
つまり、私と同じ地獄の満員電車に乗っているんだ。私には天国だが。
区役所ビルや高層のビジネスビルが立ち並ぶメインストリートから一本裏に入り、しばらく進んだ所にあるマンションが彼女の自宅だった。
豪華マンションではない。でも、アパートと呼ぶには立派過ぎる。
そんなマンションのエレベーターで12F建ての8Fに。
「高いんじゃない?こんな立地でしかも8Fなんて。」
「うん、安くはないと思う。でも、ちょうどいいの。」
それなりの収入があるということか。そういえば、何の仕事か訊いたことなかったなあ。
「入って。」
わりと普通な感じのドアの中に招き入れられた。独身者用マンションによくある1DKだ。
「さあ、奥までどうぞ。」
「お邪魔しまーす。おお。」
トイレ、キッチンなどが並ぶ廊下を通り、一番奥の部屋を見てしばし立ち止まってしまった。
いかにも女子なファンシーグッズに埋もれたピンクハウスではなく、かといっていわゆるミニマリストのように何もないというわけでもない。必要なものが必要なだけきちんと配置されている。
なのに、無味乾燥な冷たい部屋ではない。表現不能な魅力に溢れている。それを敢えて言葉にするなら、色気、かな。あの裸婦画を見た時に感じるモヤモヤに似ている。
「なに?ヘンかな、私の部屋。」
ルリカちゃんが眉を寄せて心配そうに私の目を覗きこんでいる。
「逆、逆。素敵すぎるよ、ルリカちゃんらしくて逆にびっくり。もしかして、部屋とのギャップがスゴかったりしないかなーとか期待してたんだけど。」
「ふふ、それは申し訳ないことしちゃったわね。」
大きな窓から爽やかな光が部屋いっぱいに差し込んでくる。壁際には50インチを超えていると思われる大型テレビがあり、その正面にはフカフカのソファー、そして足元にはガラスのローテーブルが置かれていた。
「お茶、淹れるね。」
「お構いなく。」
お茶を待っている間、窓際に寄って外を見回した。
このマンションよりも高いビルが、取り囲むようにいくつも建っている。窓から中が見えちゃわないのかな。もしヘンなこと始めたら、たちまちすごい人数から注目を集めてしまいそうだ。
…。
スカートを捲りながら太腿を撫で上げていく私の手。窓際に立ったままで。
ダーメ。見つかったらルリカちゃんに迷惑かけちゃう。
私はスカートを直し、ソファーに座った。
「お待たせしました。」
「ありがとう。」
ルリカちゃんが摘まみ菓子と一緒に盆にのせて運んできたお茶は、知らない香りがした。
「大丈夫よ、睡眠薬とか催淫剤とか入ってないから。」
そんなこと言われると、余計にコワイじゃないの。コワイ物見たさ、って言葉を知ってるけどね、私。
「召し上がれ。」
「いただきます。」
香りだけじゃなく、味も初めてのものだった。
「どう?毒入り茶は。」
え…。
「嘘。ふふ。」
「も、もう。一瞬本気にしちゃったじゃない。」
ああ、私やっぱりこの子大好き。
「殺すわけないじゃない、大切なあなたを。」
「大切…。」
ちょっとジワっときた。下じゃないよ。
「ね、このまえ言ってた私の大切なもの、見てくれる?」
「うん、見せて。」
ルリカちゃんがスマホを操作すると、シャーっとカーテンがしまっていき、同時にテレビモニタに電源が入った。
「行くよ。」
何だろ。旅先のスナップかな。子供の頃の自分とか。それはそれで見てみたいな。
動画のようだ。何だか薄暗い。ライトが点いた。筒状の布に囲まれた奥に薄いブルーの布が見えている。布からは…足?これって、パンティじゃないの!スカートの中の。
「ねえ、これって。」
「そうよ、盗撮。通勤電車の中。」
ルリカちゃんの大切なものって、まさかの盗撮コレクション?
動画は続いていく。スカートのポケットの所から手が入ってきた。
え…。
その手はパンティに横から潜り込み、モゾモゾと動き始めた。
その時私は気付いた。このパンティの柄には見覚えがある。ありすぎる。
底の抜けたポケット、知ってるパンティ、子供の頃から毎日見ている手の甲のほくろ。
確認するまでもない。私だ。
膝が震え始めた。見られてたんだ、満員電車の中で私がしていたことを。
パンティの中をまさぐっていた手がさらに奥へと進み、往復運動を始めた。
どんどん早くなっていく手の動き。それが急停止し、ギュっと太腿が閉じられ、微かに震え続けた後、フワっと脱力した。
「はい、お疲れ様。」
動画が停止した。
「ルリカ…ちゃん…。」
掠れた声しか出なかった。
「それは世を忍ぶ仮の名前。本名はミラ。未来と書いてミライと読まずにミラ。あらためてよろしくね、ヘンタイさん。」