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「……と言いたい所だが」
キョトンと男を見上げる夢威叶に、奴は目を細めて笑ってみせた。
それは、愛しい者を見る、優しい眼差しだった。
「この子にとっては、君が母親である事、それは揺るぎないものだったようだ」
「…………」
「夢威叶を引き取ってからは、何不自由させない暮らしをさせた。美味しい食事、沢山のおもちゃ、綺麗な家、莉奈が育ててきた環境よりはるかに恵まれた生活をさせてあげたんだ。……だが」
一向に怖い顔で睨み続ける莉奈に、フッと笑った男は、やがてお手上げ状態といったように両手を軽く上げた。
「おもちゃで楽しく遊んでいても、美味しい食事をしている時でも、ふと思い出したようにこの子はお前を思ってシクシク泣き出すんだ。それを目の当たりにすると、さすがの私もこの子が可哀想になってきて……」
「それじゃ夢威叶を……」
「申し訳ないがそれはできない。今この子を元の状態に戻した所で君がまともに育てられるのか? 水商売のアルバイト程度で稼ぐ生活なんて、今は良くても後々絶対綻びが出てくる。それでなくても君は生活保護一歩手前の暮らしを送っているんだろう?」
俺の眉間のシワが深くなる。
金を持ってることがそんなに偉いって言うのか。
莉奈がどんなに夢威叶を愛情を持って育ててきたのか知らないくせに。
莉奈の青ざめた顔に、俺の堪忍袋の緒がいよいよキレた、その時だった。
「……そこでだ、莉奈。君に夢威叶の監護権を渡そうと思う」
「かんご……けん?」
聞き慣れない言葉に、莉奈がおうむ返しをすると、男は静かに頷いた。
「養育権って言った方がピンと来るかな。子供の側で生活しながら子供の世話をする権利だよ。もちろん、その際の養育費も私が払う。つまり、親権は私、養育権は莉奈と分けようという提案をしに来たんだ」
人間の世界の権利の話はチンプンカンプンなのだが、莉奈の険しい表情を見れば、この話もあまりいいものじゃないのかな、と何となく思った。
莉奈から夢威叶を奪った卑怯な男の提案なんだ、何か裏があると勘繰らない方がおかしい。