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しかし、ある日突然状況は一変する。
莉奈が赤ん坊を、夢威叶を身ごもったのである。
一緒に妊娠を喜んでくれると思って莉奈は男に報告すると、男はめんどくさそうに溜息を吐いて、堕胎を要求してきた。
結婚はしているが、男が愛してくれているのは自分だけだと信じ切っていた莉奈は、そこで初めて自分が単なる遊び相手だったと知ることになる。
堕胎をすれば、ある程度の手切れ金は支払うと言う男は、半ば強引に金を莉奈に押し付け、そのまま彼女をゴミのように捨てた。
俺の姿が見えるほどだ、きっと莉奈は本当に純粋な心の持ち主なのだと思う。
不倫は許されざる事だ。
でも、まだ若かった女の子を騙して身ごもらせて、そして捨てるなんて真似、話を聞くだけで俺は相手の男に苛立っていた。
「……それでも、せっかく授かった命を奪うなんて真似、あたしにはどうしても出来なかった」
莉奈の手の甲に涙が落ちる。
さっきまであんなに不気味だと思っていたのに、不思議と彼女に対して胸がチクリと痛んだ。
堕胎費用を含んだ手切れ金を使って、莉奈はお腹の子と生きて行く決意をし、夢威叶が生まれてからも、莉奈は行政のサポートを受けながら一生懸命働き、子供を育ててきた。
認知もされない、金銭的にも余裕なんてまるでない暮らしは大変で厳しいものだったが、夢威叶と過ごす時間だけが莉奈のただ一つの幸せであった。
しかし。
「それを……あの人が、全て奪って行ったんです……」
涙が落ちた手は、そのままグッと握り締められ、小さく震えていた。
悲しいのではない、悔しいんだ。
握り拳がそう訴えているような気がして、俺もついつい拳を握り締めていた。