第3話『膣圧トレーニング』-1
第3話『膣圧トレーニング』
学園に赴任して、2号と呼ばれる理科の教員になって。 はじめて担任した子が、1学期を1人も脱落せずクリアした、このCグループ2組、35名だ。 彼女たちは、ただの学園生徒に過ぎないんだけれど、私にとって特別な意味をもつ。 私が教員として社会に役立つ存在たりうるかどうか――採点結果は未来の彼女たちだ。
私が自分に合格点をつけるためには、彼女たちに2つの目標をクリアして貰わなくちゃいけない。 1つは、彼女たち全員が進路を確保して学園を巣立つこと。 もう1つは、彼女たちの1人でもいいから『道具でなくヒトとして』社会に立場を築くこと。
そんな青臭い目標を背負って、私は毎日学園の教壇に立っている。
ちなみに生徒には、私の過去、内心その他語る必要のないことについては、極力教えずに担任している。 なまじ距離感が近いと不要な感情に囚われるし、クラス経営は冷静すぎるくらいがちょうどいい。 とはいえ1組担任みたいに、誰かを集中してイジメるような冷たさは、冷静というよりもむしろ『冷淡』の範疇だろう。 3組の、ひたすら最悪のケースを想定させて脅しまくる冷たさは、冷淡とも違う『冷酷』さだ。 私には私なりの『冷静観』があって、それを崩すつもりはない。 出さなくちゃいけないときは冷静に補習をだせばいいと思うし、必要以上に危機感を煽るのは趣味ではない。
昼休み。 食事を終えてグラウンドや他教室に三々五々出向く生徒を眺めていると、
「あの〜……」
「……」
ニコニコと。 屈託ないつぶらな瞳で、29番が私に話しかけてきた。
「あのですね、ここのプログラムなんですけどっ。 もしかして教官も出場なさったりするんですか?」
ズイ、分厚い冊子を私に見せてくる。
29番が持っている冊子は『各クラス体育委員用・体育祭要綱』と記してあり、開いたページには『教職員対抗リレー』の文言があった。 特に答える必要は感じないが、さりとてスルーするべき質問でもない。
「……しますよ。 要綱にある通り、A・B・Cグループの1組担任3名と1組の寮監、2組担任3名と寮監、3組担任3名と寮監。 各チーム4名編成でリレー競技があります。 私も参加しないわけにはいきませんから」
「やっぱり! わぁ、でしたら教官が走るところ、見れるのかぁ。 みんなで応援しますから、絶対勝ってくださいねっ」
すぐ傍でガッツポーズを作って見せてくる。 元々小振りな方ではなかったが、入園後半年を経て一段と大きく育った胸がすぐ間近で揺れるのは、見せられる側としては中々な圧迫感だ。 29番は、そんな私の内心に頓着することもなく、また自分自身の裸体を恥じるでもない。
「……ベストは尽くします」
努めてそっけなく返す。 全く関心のない表情でもって、だ。
もちろん人情として、応援されて悪い気はしない。 とはいえ、タダでさえ距離感を詰められ気味で戸惑っている。 これ以上話を続けるつもりはなく、なるべくさっさと打ち切りたい気持ちで一杯なわけで――。
「ちなみに教官方の中だと、どなたが足が速いんですか?」
――それだのに。
29番は能天気にニコニコとつぶらな瞳で覗き込んでくる。 私には分かる……彼女はおそらく、重度の、それも性質が悪い天然だ。 私と親しくなって内申点を挙げて貰おうだとか、指導に手心を加えて貰おうだとか、そういった打算に基づいて話しかけてくるわけではない。 4月最初の1週間はチラとも視線を合わさなかったのだから、理性で行動を御せるほど逞しいはずはない。
「やっぱり運動部顧問の教官方や、体育科の先生方はバリバリなんですかね?」
「……それを聞いてどうするの?」
「えっ? あ、いえ……特にどうもしないですけど。 だけど知りたいじゃないですか。 私たちの教官が競うお相手が速いかどうか。 もしすごく速いなら、私たちも一生懸命応援し甲斐があるってもんです」
「……」
サラリと『私たちの教官』というフレーズが聞こえた。 私達の……? それって私のことだろうか? つまり、私が貴方たちの所有下にあるとでも? いや、まあ、文脈的に私に決まっているんだけど……特にコメントする気はないが、それにしても馴れ馴れしいというか何というか。 では不愉快かというと、決してそういうわけでもないところがややこしく……ああもう、全く面倒な生徒。
「私より自分の応援をしなさい。 違いますか?」
「えっ、あ……そ、それはそうです」
このままだとキリがない。 生徒と担任が雑談に延々興じているのが管理職に知れようものなら、目を付けられる恐れもある。 私がどうこうされる分には構わないが、せっかく縁をもったクラスメイトが管理職に睨まれるとすれば、私にとって本意ではない。
「体育祭は、歴とした勝負の場です。 ただの親睦でないことを肝に銘じ、悔いの無いよう、しっかり取り組むようになさい」
「はいっ! 頑張ります!」
上手く誤魔化せただろうか? 唐突に説教じみた言葉で場を濁すことが出来るのは、古来から変わらない、教員の数少ない特権だ。
「では、私はこれで」
今日は授業が3連続で、次は3組、その次は1組の授業がある。 一旦気持ちを落ち着けて、普段の冷静な私で臨むために、いい加減に切り上げなくては……。
「ねぇねぇ、みんなちょっと聞いて――」
踵をかえした背後。 私と話した内容を嬉しそうにクラスメイトに知らせる、29番の声が聞こえた。