第2話『ハンナの日記』-2
8月□日。
ヨアンと映画を見に行った。 ヨアンのリクエストで、ニホン製の特撮映画だ。 あらすじを簡単にメモしておくと、怪獣が放射能を吐きながらやってきて、ニホン人が怪獣を倒して、放射能に汚染される代わりに世界を救った……っていう話。 怪獣が踏みつぶす模型の街はリアルすぎて気味が悪いし、怪獣の熱線を演出するCGは細かすぎて偽物かホンモノか区別がつかなかった。 面白い、面白くないでいうなら、間違いなく面白いと思う。 でも、あたしはヨアンと違って、こういう映画には熱中できない。 確かに技術は凄いけれど、肝心なのは魂だ。 映像は魂が籠ってなくちゃダメだし、その魂の色で評価するべきだってお父さんはいっていた。 今日見た映画の魂は、悪いけどあたし達の色じゃない。 ニホン人の自己中で都合がいい灰色な魂だ。
なんて話を夕食の時にしたら、お母さんに怒られた。 どこで誰が聞いているか分からないだって。 別に聞かれて困るようなこと、喋ってるつもりないんですけど。 ただ『ニホン』がウザいから、そのままウザいっていってるだけですー。
8月◎日。
先月受験した『学力推移調査』の結果がかえってきた。 国数理社の平均偏差値が『54』……うーん、前回よりは上がったけど、喜べるような成績じゃない。 せっかく数学で『71』を叩いたのに、社会が『35』なのが原因だ。 確かに全然勉強してないんだけど、それにしても『35』って……『30台』なんて初めてみた。
あたしたちのスクール・トップは、前回から2連続でヨアンだ。 偏差値『74』で、じゃあ全国で何位かっていうと、全国では81位らしい。 確かに返却された成績冊子の後ろの方にヨアンの名前が載っていた。 ついでに1位を見たら、偏差値『99』だった。 名前は忘れたけれど、国籍は『N』だったから、きっと『ニホン』の留学生だろう。 スポーツも勉強もバカみたいに優秀な男子は、みんな揃って国籍が『N』。 もうニホン人が優秀なのは充分過ぎるくらい分かったから、一生『ニホン』に閉じこもっててほしい。 ほら、なんだっけ……『鎖国』ってヤツ。 ニホン人なんか一生アワジ島に引き籠ってろ。
8月×日。
ジュードー・クラブの試合をみにいった。 ヨアン達の、最後の公式戦だ。 ここで優勝すれば西地区優勝だから、全国大会に出場できるそうだ。 あたしは『ジュードー』なんて『ニホン』起源なスポーツは大嫌いなんだけど、ヨアンが珍しく『ぜひ見に来てくれ、今日は勝つ』って言うし、クラスみんなが行くっていうから、一緒になって応援した。 試合は『抜き試合形式』といって、5人1チームでエントリーし、試合に負けるまで何試合してもいい形式で、相手を全員負かした時点で勝ちが決まる。 ヨアンたちは、特にヨアンが強かった。 決勝戦までは、ぶっちゃけ全然危なげなく勝ち進んでくれて、あたしも『ジュードー』が嫌いなことを忘れるくらい、クラスのみんなで盛り上がった。
でも、結局準優勝だった。 決勝戦の先鋒――禿で小柄で糸目な、パッと見弱そうな男子。 見た目からして、多分ニホン人――に、ヨアンも含め5人全員がぶん投げられて、あっという間に試合終了で。 ヨアンは畳に投げられてから、しばらく顔を覆って動かなかったけど、多分泣いてるところ見せたくなかったんだと思う。 準優勝でも十分凄いことなんだけど、最後の負けっぷりがキツくって、何も言葉をかけられなかった。 こういうときにどう慰めればいいか分からないのは、あたしがバカで薄情者なせいだ。
8月▲日。
もうすぐ4年に1度の『スポーツ&マッスル・アゼンブル・オリンピアン』が開催だ。 自治領にされちゃってはいるけれど、例年通り『イーユー・ユニオン』の代表も出場する。 金メダル候補の近況だとか、全体でメダルを幾つ獲得するかだとか、学校も新聞もスポーツの話題で持ちきりだ。 あたしはそれほどでもないけれど、ヨアンはスポーツチャンネルに新規加入までしたそうで、すっかり『オリンピアン』観戦モード。 話題についていけないのは悔しいから、あたしも『オリンピアン』関連のニュースくらいは、ちゃんとチェックしようと思う。