〈微笑みの裏側〉-4
『……よし、これでもう大丈夫だ……』
孝明は花恋のサインと捺印を確認すると、隣の部屋からコップに入れたジュースを持ってきた。
その褐色に泡立つのはコーラであり、冷え具合を表すようにコップには水滴の汗が着いていた。
『実はさ、これから他の娘の撮影があるんだ。ちょっと顔を出してくるから此所で休んでて』
孝明は花恋の肩をポンと叩くと、契約書を掬って机の中に仕舞ってしまった。
『例え偽物でも汚したら大変だ。花恋ちゃんを帰すまで机に入れておくからね?』
引き出しがパタンと閉められ、そして事務室のドアもバタンと閉まった。
部屋には花恋だけが残され、他にあるものと言えばコーラだけだ。
(……なんか…暑い?)
孝明が居なくなって暫くすると、何故か部屋の空気が暑くなってきた。
空調の異常なのかと思ったが、まさか他人の事務室の中を探り回る訳にもいくまい。
(孝明さんが来るまで我慢しよっか……)
温風が吹き出てくるような不自然な暑さではなく、我慢しようと思えば出来る程度の温度だ。
花恋は暑さを凌ごうとコップを持ち、クイッと煽った。
さすが水滴を着けるだけはある。
その冷えたコーラは喉越しも爽やかで、花恋は炭酸の痛みを堪えながら飲み込み、身体の火照りを宥めていく。
(……ちょっと落ち着いてきたかな?)
飲み干す頃には暑さも和らぎ、喉の渇きも殆ど感じないまでになっていた。
……と、花恋は身体の怠さと瞼の重さを感じるようになり、コップを除けて頬杖をついた。
それは突然に訪れた“異変”であった。
(緊張感が切れたから…かな?でも何か……変…!?)
決定的といえる証拠の作成を終えた安堵感が、この不可思議な睡魔を呼び込んだのか……そんな事を考えている間にも、どんどんと眠くなっていく……さすがに可笑しいと思いはじめていた最中、意識はスゥ…と飲み込まれるように消えていった……。