「淫らにひらく時」-12
「この絵。ここに飾ってちゃダメ?また観に来たい。」
「それは・・・かまいませんが、いいんですか?こんな・・・」
彼は何か言いかけたけど、それを留めた。
沈黙に一呼吸おいてから、私はそれをかき消した。
「また、描いてよ。」
明かりの消えた家にこっそり帰宅した。今日は先に眠ってしまったみたいだ。
この前の時には夫がまだ起きていてドキリとしたけど、まだ起きていて不思議ではない時間だった。
子供は早くに寝かせる習慣をつけている。
テーブルの上には薄紫の花びらを開かせたセントポーリアの鉢植えが置いてあった。
駅前の喫茶店にあった、あの鉢植えと同じ花だ。
自由というものはそれに相当する重みと引き換えに手にする事なのかも知れない。
私はここに縛られると同時にこの家に守られてもいたのだ。
また母の記憶が薄紫の花の色に交錯した。
目覚めると薄暗い部屋の中にいた
不安になって母の姿を探す
明かりの漏れる襖を開くと下着姿の母は男の傍らで身を起こした
その時の母のやさしい顔を思い出す
この記憶は曖昧なもので、それがいつ頃の事だったのかさえ、定かではない。
そうして、私の成長と共に記憶の意味も成長してきたように思える。
考えようによると、記憶は私と共に変化を遂げてきたとも言えるかも知れない。
ただ、この背景に常にひとつ、つきまとう疑問と言えば、どう考えても母が男を連れ込むようには思えないのだった。
ちなみに・・・
セントポーリアの花言葉は「細やかな心」だという。
ー完−