〈不治の病〜治療用献体・笹木希〉-2
『そいつは笹木希・29歳。あの町外れの貧乏くさい個人病院に勤めてるナースだ。『高い給料払うから来い』って引き抜いてくれよ』
『こ…この人は……』
実は院長はこの女性を知っていた。
数年前、美人過ぎるナースとしてテレビに取り上げられた事もあるし、〈リアル白衣の天使〉とネットを賑わせた事もあった正真正銘の美女だからだ。
だからこそ難しかった。
あの個人病院は希の人気でもっているようなもので、とても引き抜きが成功するとは思えなかったからだ。
『難しいのか?じゃあ俺達が拉致ってこの病院で監禁してやるよ。さすがに二人も町から消えたら……』
『……分かった。私が引き抜くから手出しはしないでくれ』
個人病院に勤めてはいるものの、いわゆる地元の人間ではない。
安いアパートを借りて一人で住んでいるはずだ。
看護師のプライベートの時間が少ないのは仕事上当たり前だし、勤務先を変えてしまえば接触できる人間も限られてしまうはず。
少なくとも個人病院に勤めているままで失踪するよりは、事の隠密さは守られるはずだ。
『……そうだ大先生、整形外科医が足りないんだろ?俺が新しい医者を此所に呼んでやるよ。美容整形も出来る腕のいい医者なんだが……腰が痛いだの肩が痛いだのって患者ばかりなんだろ?』
確かに整形外科医の数は足りなかった。
他の病院から曜日毎に来てもらい、なんとか間に合わせているのが実情であった。
『俺は大先生を困らせたい訳じゃない。仲良く《旨味》を分けあいたいだけさ』
患者は絵莉で稼いだ金を入れた封筒を机に放り、院長室を後にした。
あれだけ脅したら狙いのナースは直ぐに来るだろうし、仲間の医者も来たなら《計画》を始められるはずだ……。
『笹木希って女、綺麗なのは認めるけど29のババアだろ?』
『……亜矢を飼ってる仲間によ、希の画像を送ったら『入院しに来る』ってよぉ……此所で希はアイツらの《家畜》にされるんだ。アイツらが気に入ったんならババアでも構わねえんだよ』
悍ましい謀が進められている事を、まだ希は知らない。
巨大な市立病院の院長直々の厚遇・高給の提案をはね除けられるほど、希は個人病院に思い入れはなかった………。