豹人と少女-6
リュネットは石を再びポケットにしまい、手を洗ってエプロンをつけると、張り切って料理に取り掛かる。
鶏肉を野菜と一緒にバナナの葉で包んで蒸し焼きにしている間に、手早くスープとサラダを作り、果物を見目良く盛り付けた。
料理やその他の家事手伝いを、リュネットは物心ついた時から自然としていただけに、その手際は実に見事だ。
一通りの調理を終えたところで、湯浴みを終えたエドガルドが居間に入ってきた。
照明器具が放つ黄色い光を受け、彼の濡れた黒髪がツヤツヤと光る。黒いズボンと袖なしのシャツを着ているため、細身ながら筋肉に覆われた逞しい腕や肩に、リュネットは思わず見惚れてしまった。
十年も一緒に暮らしているのだから、エドガルドの裸の上半身だって見慣れているし、さっきみたいにしょっちゅう抱きついている。
けれど、ここ一週間ほど彼が留守にしていた間に、ずっと寂しくて早く帰ってきて欲しいと思っていたせいだろうか。額に張り付いた前髪を払う何気ない仕草さえも、妙に格好よく見えて、胸がドキドキする。
「リュネット?」
見つめていたのに気づかれたらしく、エドガルドからが訝し気に声をかけられ、リュネットはハッと我に返った。
「あっ……ちょっと、ぼーっとしちゃって……」
慌てて言い訳をし、リュネットはエプロンを外す。あとは蒸し鳥がよく冷めたら切り分け、ソースをかけて夕食は完成だ。
「わ、わたしも結構汗をかいたから、これが冷めるまでにお湯を浴びちゃうね!」
リュネットは赤くなった顔がエドガルドに見られないように、急いで寝室へ駆け込むと、ドアに背をつけて深呼吸をした。
寝台と衣装箱だけの小さな部屋は、今では完全にリュネットの私室となっている。
ここに来たばかりの幼かった頃、エドガルドは自分が使っていたこの部屋の寝台の脇に、リュネット用に小さな簡易寝台を作ってくれたから、そこで眠っていた。
夜中に、家族を亡くした時の怖い夢で目を覚ますと、エドガルドは一緒に寝てくれた。
彼は半獣の姿で眠る方が好きなようで、床に入る時は大抵その姿だ。漆黒の短くて柔らかくて毛並みに頬擦りすると、うっとりするほど心地よく、暖かな体温やグルグルと鳴る低い喉の音も、リュネットを心から安堵させてくれた。
でも、そのうちにリュネットが成長して、小さな簡易寝台が窮屈になったのを見ると、彼はそれを壊してしまった。
そして、自分の使っていた寝台で寝ろとリュネットに良い、エドガルドは居間のソファーで眠るようになった。
この寝室は本来、エドガルドのものだ。その持ち主を追い出して固いソファーに寝かせるなど忍びなく、自分が居間で寝ると申し出てみたが、彼は聞く耳を持たなかった。
半獣の身なら寝床の硬さなど気にならないとの一点張りだ。
だから申し訳ないと思いつつ、リュネットはこの柔らかな寝台を遣わせてもらっていた。
(あ、渡しそびれちゃった)
リュネットは発光鉱石をポケットから取り出した。
彼が湯浴みを終えて一息ついている所へ、いきなり渡して驚かせようと思ったのだが、あんなドキドキは計算外だ。
(……じゃあ、エドがプレゼントをくれた時に、私もお返しに渡そうかな)
それもなかなか良い感じではないか。
プレゼント交換をする自分達を思い描き、リュネットは顔をほころばせた。
そうと決まれば急げと、衣装箱から部屋着のワンピースを持ち、浴室に入る。
脱衣所で脱いだ衣類を洗濯装置に放り込み、温かなシャワーを浴び始めた。料理を作るのに支障があるほど汗だくではなかったが、降り注ぐ温水が疲れた身体に心地良い。
髪と身体を洗い、ワンピースに着替えて浴室をでると、ちょうどよく鶏肉が冷めた所だった。
エドガルドが既に食器類を並べてくれており、リュネットは特製のソースをかけた自信作の御馳走を、テーブルの上に置く。
二人で向かい合わせに椅子へ腰かけると、エドガルドが少々もったいぶった咳払いをした。そして、リボンをかけた葡萄酒の瓶と、綺麗なグラスを二つ取り出す。
「リュネット、成人おめでとう」
「わあっ!」
リュネットは感激に手を打ち合わせる。
子どもは飲んではいけないと言われていたお酒に前々から憧れを抱いていたのを、エドガルドはちゃんと知っていてくれたらしい。
「ありがとう! 私ももう大人なのよね。最高に嬉しい!!」
洒落た字体で銘柄の抱えたラベルと綺麗なグラスを、目を輝かせてうっとりと見つめていたが、はっと思い出して自分も発光鉱石を彼に差し出す。
「今日、これを見つけたの」
輝く大粒の白い発光鉱石に、エドガルドが目を見開いた。
「凄いな。白い発光鉱石は滅多にないぞ」
感心の篭る呟きに、リュネットは嬉しくなる。
発光鉱石は基本的に高価だが、赤や青、緑、黄色といったものは比較的に数が多い。
反して白や黒などは非常に少ないため、それに応じてより高価な品となる。