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黒豹に囚われた少女
【ファンタジー 官能小説】

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豹人と少女-7


 リュネットは立ち上がると、テーブル越しにエドガルドの手をとって発光鉱石を乗せた。

「これは、エドへのプレゼント! 街で売って、好きなものを買ってね」

 本当は自分で街へ行ってプレゼントを選びたいけれど、リュネットはこの聖地から一定圏内より出てはいけない。
 だから、いつもエドガルドが街に買い出しに行く時には一緒に行きたいと思いつつ、お留守番をしているのだ。
 だが、エドガルドは妙に困ったような顔になり、リュネットの手に鉱石を戻した。

「ありがたいが、気持ちだけ受けとっておこう」

「え……」

 少なからず衝撃を受け、リュネットは狼狽えた。
 今までエドガルドに、野生の花を摘んで作った小さな花束や果物などを贈った事はある。
 どれも大したものではないのに、彼はいつも喜んで受け取ってくれた。こんな困ったような顔をされた事も、返された事もなかった。
 もしや、お金だけ渡すようなやり方は好かなかったのだろうか……?
 心配と焦りに顔を強張らせると、エドガルドが微苦笑しながら指先で鉱石を示した。

「お前はこれの相場価格を知らないようだな。上質の白い発光鉱石など、良心的な店に売れば半年は食うに困らない。知らずに他人へ贈るには惜しい宝だぞ」

「そんな……エドに贈るなら、全然惜しくなんかない!」

 彼は遠慮していただけだったのかと安堵しつつ、さりげなく言われた『他人』という単語に胸を刺され、リュネットは複雑な気分でエドガルドを見つめる。

「正確な値段は知らなかったけれど、高価そうだとは最初から思っていた。だから、エドに贈りたいと思ったの。エドの欲しいものが、何だって買えるでしょう?」

 だがもう一度鉱石を差し出しても、彼は頑固に首を横に振って受け取ろうとしない。

「残念だが、俺の欲しいものは金じゃ買えないんだ」

 目を伏せて言ったエドガルドの声は、どこか寂しそうに感じた。

「……ふぅん」

 何を欲しいのか、一瞬だけ聞きたい衝動に駆られたが、リュネットは曖昧に口籠ってしまった。
 秘密主義の彼は、どうせ教えてくれないと思ったし、なんとなく聞いてはいけないような雰囲気だったからだ。

「それよりも、大事な話がある」

「大事な話?」

 視線をあげた彼が、唐突に真剣な表情で切り出した。ただ事ならぬ気配を感じ、ゾクリと緊張が走って尋ね返す。

「リュネット。お前の、その……」

 だが、エドガルドは何か言いかけたかと思うと口を閉じ、再び目を伏せてしまった。しばし無言でテーブルの皿に視線を落とした後、深い溜め息をついて顔をあげた。

「いや……急いで帰ってきて腹が空いている。話は食った後にしよう」

 そんな事を言われ、拍子抜けしてしまった。
 大事な話という割には、夕食より優先順位が低い程度のものだったのか。

「ええっ!? やけに神妙な顔で言われたから、すごく身構えちゃったのに」

 頬を膨らませると、エドガルドが頭を掻く。

「すまない。とにかくその発光鉱石は、お前が高価なものを欲しくなった時の為に、大事に持っていろ。俺は、欲しいものをくれようとしたリュネットの優しい気持ちを、きちんと貰ったからな。金よりもずっと嬉しい贈り物だ、ありがとう」

 そんな断り方をされたら、これ以上は受け取ってくれと言えない。

「うん……」

 渋々とポケットに鉱石をしまって椅子に座りなおすと、エドガルドがとりなすように微笑み、グラスに葡萄酒を注いだ。
 優雅な曲線を描くグラスにトクトクと注がれる深紅の酒は、高価な宝石を液体にしたみたいに見えて、リュネットはすぐそちらへ夢中になってうっとりする。

「この酒ならそう悪酔いしないと思うが、初めてで急に飲み過ぎると酷い目に会うから気をつけろ」

「エドは、お酒が好きだったの?」

 なんだかやけに詳しそうな彼の言葉に、意外に思って尋ねた。
 リュネットの知る限り、彼も特に酒を飲まないので、家にある酒はせいぜい料理の香りづけくらいに使う小瓶くらいだったのだ。

「酒は嫌いでもないが、あれば飲むくらいだ」

 エドガルドが答え、グラスに口をつける。
 彼の咽喉がコクリと動いて酒を飲み込むのを、リュネットはじーっと眺めてから、緊張しつつ自分もグラスに口をつける。
 しかしエドガルドは平然と飲んでいたはずなのに、少し口に含んだ途端、慣れない渋みと味が舌に広がって、反射的に顔を顰めてしまった。

「ん……」

「美味いか?」

 揶揄いを含んだ、やや意地の悪いニヤニヤ顔で聞いてくるエドガルドを、リュネットは軽く睨んで意地を張った。

「大人の味って最高ね」

 平気だと見せつけるべく、顔を顰めないように気を付けながら、もう一口飲む。

「それなら結構だが、酒好きが大人の条件なわけじゃないぞ」

 エドガルドが肩を竦めて笑い、リュネットもつられて笑ってしまう。グラスを脇において、料理へとりかかった。
 久しぶりに二人でとる食事は楽しく、料理と一緒に味わううちに、お酒も段々と美味しく感じるようになってきた。
 エドガルドのグラスが空になったので、リュネットは二杯目を注ぎ、ついでに殆ど空になっていた自分のグラスにもたっぷり満たした。

「……大丈夫か? さっきも言ったが、急に飲み過ぎるなよ」

「うん。とっても美味しいし、これくらい大丈夫よ」

 やや心配そうに尋ねたエドガルドに、上機嫌でリュネットは答える。
 己の浮かれ具合を、数分後に思い切り後悔する事になるとも知らずに……。



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