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黒豹に囚われた少女
【ファンタジー 官能小説】

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豹人と少女-5


 ***
 
 二人はブーツを脱いで泥を落とし、柔らかな室内履きに履き替える。
 窓枠にはめ込まれた魔道具のおかげで、風は通っても蚊や蠅といった不快な虫の侵入は防げる。大きな獣などは防げないが、エドガルドがいれば何が来ても安心だ。

「湯を浴びてくる。埃まみれだからな」

 エドガルドが戸棚から着替えをとって浴室に行き、リュネットは居間の片隅にある台所で、籠から中身を取り出しはじめた。
 この部屋は本来一人用なので、あまり広くない。
 居間と小さな寝室、それに台所と浴室洗面所があるのみだ。

 泉から生まれる魔族は自分たちで子を成す事が出来ないけれど、彼らも恋はする。
 ここの豹人も番う相手がいれば二人用の広い部屋に住むが、リュネットはいわばエドガルドの庇護下にあるペットみたいな立ち位置だから、その恩恵は受けられない。

(今年のお祝いは、何かな?)

 期待と嬉しさに顔を緩ませ、リュネットは壁の棚に飾った陶器のオルゴール人形を見る。
 可愛いらしい女の子の形をしたオルゴール人形は、数年前の誕生日にエドガルドがくれたものだ。今でも一人の留守番中はよく鳴らして寂しさを紛らわしている。

 小さい頃には本やお菓子、少し成長してからは綺麗な小物入れや銀の手鏡……といった風に、エドガルドは毎年年齢に合った素敵なプレゼントをくれる。
 人間の女の子の扱い方を、彼は良く心得ているようだ。
 誕生日以外でも、そう感じる時がたびたびある。

 リュネットはオルゴールから目を離し、ポケットから美しい輝きを発する白い石を取り出す。ほんの少し不満を覚えて、唇を尖らせた。

(エドも、誕生日くらい教えてくれたって良いじゃない。そうしたら私だって、大した贈り物はできなくても、御馳走を作ってお祝いする程度はできるのに)

 彼は秘密主義らしく、自分の年齢も誕生日も教えてくれない。
 リュネットの誕生日は楽しそうに祝ってくれるのに、自分の誕生日は祝う気になれないと、素っ気なく言うだけだ。
 その他にも、彼にはよく解らない部分がいっぱいある。
 わざわざ遠方まで足を運ぶ贔屓の店も、街の名前も教えてくれない。
 豹人らしく夜目が効くのに、昼間に起きている方が慣れているというのだが、なぜそうなったかも教えてくれない。
 ここの豹人達の中で、明らかに浮いている理由も。

 ベラが言うには、エドガルドのように黒い毛並みを持つ豹人はとても珍しいそうだ。
 でもリュネットが見るに、彼がここの同族からなんとなく『余所者扱い』されている雰囲気を受けるのは、別に起きている時間帯や毛並みのせいではない気もする。
 ベラに聞けば何か教えて貰えるかもしれないと思った事もあるけれど、エドガルドが言いたくない事を他から聞くのも悪い気がして、未だに何も聞けないでいた。

「でも……誕生日しかプレゼントをあげちゃいけないなんて事はないもんね」

 リュネットは手の中で輝く石を見つめ、にっこりと笑う。
 詳しい相場は知らないけれど、これは街で売ればそれなりの金額になるはずだ。
 そのお金でエドガルドは自分の好きなものを買えば良い。

 一つの文明を滅ぼした恐ろしい鉱石木だが、皮肉にも今の世界は、あの植物に支えられていると言って良い。
 十分に成長した木の枝には、この『発光鉱石』と呼ばれる石のような実ができる。
 そして発光鉱石は、細工師が特殊な文字を刻み『鉱石ビーズ』に加工することで、火や水など様々な魔法の効果を発揮した。
 照明器具も、調理用コンロや冷蔵庫も、浴室の湯沸かしも、全て鉱石ビーズの動力だ。
 そしてまた、鉱石ビーズは武器や防具にもなった。
 リュネットのベルトにも、強い衝撃から身を守ってくれる効果のある魔道具がついている。これがあれば、高い崖や木から落ちようと、豹人に飛びかかられようと無傷で済む。

(……どうせ発光鉱石を使って何か作るなら、皆が喜ぶものだけ作れば良いのに)

 そんな理想論を胸中で呟き、リュネットは自分の首にある黒い輪を指先で弄る。
 しかし、魔族や人間に限らず世の中が優しい者ばかりでない事はよく思い知っているから、リュネットはすぐに思考を現実的な方向に切り替えた。

 すなわち、本日の夕食の支度だ。


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