「始まり」-1
中学生の頃、都会から田舎に転校してきた私は学校生活に馴染むことができず、大概一人で過ごしていた。
そんな時優しく声をかけてくれたのは、近所に住んでいた裕樹お兄ちゃんだった。
お兄ちゃんは私と同じで都会からこの田舎の大学に入学してきた人で、元は都会の人間同士だからなのか波長が合う人だなと私は当時から感じていた。
裕樹お兄ちゃんは、アニメ、ゲーム、マンガが好きな人で、オススメのマンガとかもいっぱい読ませてもらったし、ゲームもお兄ちゃんの家で一緒にやった。
そんな日々が、2年くらい続いたある日のことだった。
中学2年の春休みに入ったとき、いつものようにお兄ちゃんの部屋で遊んでいた時だった。
「みっちゃん…。俺、みっちゃんに話さなきゃいけないことがあるんだよね。」
「なぁに?裕樹お兄ちゃん。」
お兄ちゃんは読んでいたマンガをぱたん、と閉じると私と向き合うように床に腰を下ろした。
「みっちゃんは、俺がこの間大学の卒業式だったってこと知ってるよね?」
「うん、お兄ちゃん大学卒業してどこかで働くんだよね?」
私はなんでお兄ちゃんがそんな当たり前のことを聞くのだろうと首を傾げた。
「そうだよ、覚えてたんだね。」
お兄ちゃんはにこっと笑った後、どこか遠くを見つめて切ない表情になったことを覚えている。
「俺さ、また東京に行くことにしたんだ…。だからね、みっちゃんともこの春休みでお別れなんだ…。」
「え…?」
優しくて大好きだったお兄ちゃんから言われたその言葉の意味が私にはわからなかった。
学校で部活もしてなかった私は、学校が終わった後お兄ちゃんの家に行くことが部活動みたいに感じていた。
お兄ちゃんがいなくなること=部活動のように過ごしていたこの楽しい時間が終わりを迎えるということだった。
私はショックで、お兄ちゃんの前で泣き出してしまった。
その時お兄ちゃんはどんな顔をしていたのか、今はあまり思い出せないけれど。
お兄ちゃんはそんな私に面倒臭そうな態度を見せるどころか
「みっちゃんも学校でお友達と仲良くやって欲しい」とかそんな言葉を放っていた気がする。
「みっちゃんなら、大丈夫。みっちゃんは、俺の家でいっぱいゲームとか、マンガとか読んで色々知ってるでしょ?」
「…うん。」
「ゲームとかマンガ読んで楽しかった?」
お兄ちゃんの家で過ごした日々は、かけがえのないもので、それは毎日が楽しくてお兄ちゃんの家から出たくないと感じるほど、私は楽しかった。
「楽しかった…。」
「でしょ?じゃあそれを皆にも教えてあげればいいんだよ。みっちゃんはいっぱい楽しいマンガとかアニメとか知ってるから、皆がそれを聞いたらきっとみっちゃんとお友達になりたい!って思うようになるよ。」
お兄ちゃんはそう言って私の頭を撫でてくれた。
「だから、俺がいなくなってもみっちゃんなら大丈夫。ねっ?」
お兄ちゃんの言葉には妙に説得力があった。
お兄ちゃんがいなくなるのは寂しいけれど、お兄ちゃんがそう言ってくれるなら、私にもできるという勇気が沸いてくるような気持ちになる。
「私、頑張ってみる。」
私はそう言って、お兄ちゃんとの最後の時間を楽しく終えようと思った。
日が暮れて、お兄ちゃんの家から帰る間際に、お兄ちゃんは私にシルバーのHDDをくれた。
「俺が持ってたマンガとか、アニメのDVDとかは上げられないけど、この中にたくさん電子書籍のマンガとか、アニメとかたくさん入れておいたからね。これをパソコンに繋いだらいつでも見ることできるから。これで俺の家で読み切れなかったアニメとか、マンガとか、いっぱい見てよ。」
「うん!ありがとうお兄ちゃん。大切にする。」
お兄ちゃんが私に残してくれたHDDの中身に何が入っているのだろうかと、期待を膨らませながら足早に自宅に向かった。
そこには、お兄ちゃんの部屋の壁一面にあったマンガの棚のものがほぼすべてと入っていた。
HDDの使い方や、パソコンの使い方も私はお兄ちゃんに一通り教えてもらったので、その扱いには困らなかったのだ。