車両の前哨戦-3
「おわっ!キレるの早すぎだって!」
カウンターで掌底を入れるつもりが、予想よりも早い啓太の動きに、雄一のタイミングが合わなかった。
「自分で浅見に注意したことを忘れたのかよ」
それでも軽口を挟んで啓太の右ストレートを避けた雄一は、続け様に繰り出される拳を、軽いステップでかわしながら、反撃の機会を窺っていた。しかし、相手の動きは早く、雄一に中々その機会を与えてはくれなかった。
(くっ…、早くけりをつけないとヤバイな。浅見も痺れを切らす頃だし…)
ズキズキと疼く右腕を気にしながら雄一は思ったが、直ぐにその心配したとおりになった。
「このガキが、チョロチョロしやがって!」
辛うじて啓太の拳をかわし続ける雄一に向かって、浅見が罵声を浴びせて襲いかかってきたのだ。雄一はその気配に気づきつつも、目の前の拳に対応するため、放置せざるを得なかった。
(やべ〜、こんなことなら、あの時に脚も折っときゃよかった)
雄一はその一瞬の内に、浅見の腕を折っただけで満足したことを後悔しながら、確実にどちらかの攻撃を受けることを覚悟した。
(どっちが痛い?)
☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆ ☆
幸田美咲の思念をブロックした星司は、スラックスを穿きながら、不安顔の優子に声をかけた。
「優子ちゃんは反対の車両に逃げるんだ。急いで!」
しかし、それを素直に聞き入れる優子ではなかった。
「いやです。あたしはマスターから離れません」
このまま不安定な星司を美咲に会わすことはできない。優子はスラックスを穿き終えた星司の身体にしがみつくと、星司の指示をキッパリと拒否した。
自分のために言ってくれていることがわかっていても、星司が優子を危険な目に遭わせるはずはなかった。
「ダメだ!離すんだ」
「いやっ!」
星司は柔らかな女体を引き剥がそうとしたが、優子がそれを聞き入れないことは、抱きつく力の強さでわかった。
(あんな人に絶対にあわせられないよ!)
優子も必死だった。初めて触れた美咲の心には、温かさが微塵にも感じ取れなかった。能力者ではない自分でさえも、一瞬触れただけで心が凍りつく感覚を味わったのだ。能力者の星司の心が、間近にそれに触れるとどうなるかわからない。下手をすれば2、3日の昏睡どころか、2度と目覚めないかもしれない。そんな思いが優子の力を強くしていた。
(でも、どうして幸田美咲は星司さんみたいなことができるの?)
今まで美咲にそんな能力があるとは、誰からも聞いていない。各務家と星司の秘密を話してくれた陽子が、今さらそんな大事なことを隠すとは考えられなかった。
(一体なんなのよ)
幸田美咲には各務家も知らない【なにか】があるかもしれない。そう思った優子は、得体の知れない恐怖に心がざわつき、星司にしがみつく腕にさらに力が込められた。
「優子ちゃん、離すんだ」
「イヤです!マスターが行くなら、あたしも行きます!」
「無理だ!危険過ぎる!」
反対に優子を危険な目に遇わしたくない星司は、柔らかな女体にかけた手に力を込めて、引き剥がそうとした。
(この身体の何処にこんな力があるんだ?)
ほんの少しの力で壊れてしまいそうな柔らかな女体、星司はこれ以上力を加えることはできなかった。だからといって、切迫しつつある事態を放置もできない。板挟みになった星司の焦燥感は膨らむ一方だった。
(雄一はどうなってる?)
狭い車内、怒鳴りあう声は聞こえてくるが、思念をブロックしている星司には人壁の向こうの状況の把握はできていなかった。