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没作品 硝子の心 処女作
【若奥さん 官能小説】

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追跡-1

液晶に映しだされた女性の行動はあまりにも生々しくて全てを撮り終えた佳奈に「今日はここまでよ」と言われてもわたしは何も言葉を返すことができなかった。

後部座席に座ったままのわたしを残してメルセデスはガレージを出て国道を更に上り首都高に向けて車体を揺らしながら唸るように煽って走りだしていた。

わたしは今撮られた女性の孤独な行為に衝動を受け、それを平然と撮り続ける佳奈の行動力に更に強い圧力を掛けられ後部座席から動くことが出来なかった。

国道に降りて大田区に向った車中で家に帰れる安心感を感じた頃、ようやくわたしは佳奈に何をしてきたのかを確認することができた。

「さっきの女性は誰なの」
「知らない方がいいわ」

大田区の複雑な一方通行を手馴れた経路で静かに運転する佳奈はわたしを突き放すように言葉を続けていた。

「あなたも知った人になったのよ」
「分かるわよね」

背中から汗がでるような冷たい言い方だった。後部座席のわたしを鏡越しに見つめながら叩き込むように冷たい視線で「それだけよ」と言い放ってわたしを黙らせていた。

佳奈に突き放されたわたしは叱られたように目線を車窓に泳がせて動揺を隠すことしかできなかった。

ようやく家が見える所まで近付いてほっとした瞬間、佳奈はさらっとあの日を言い切って「また連絡するわ」と鏡越しに微笑んで颯爽とメルセデスは消えて行った。

道路沿いに残されたわたしは今告げられた事実に震えメルセデスが消えた後も全く動くことができなかった。


鏡越しの瞳は笑いながら「それとこの間の電話のとき」嫌な予感が爪先から迫ってくるのを感じていた「あなたも撮られてたみたいよ」佳奈は優しく残酷な事実を告げて微笑んでいた。

「嘘でしょ」

メルセデスが消えて暫く道端に佇んだわたしは突然の報告に腰を抜かすように道路に腰を落としてそう呟くのが精一杯だった。

道端に腰を抜かすわたしを不審に一瞥するが誰も声を掛けてくる事は無かった。旦那の実家近くだけに早くここから立ち上がって普通に振舞う必要があるのは分かっていた。
それでも、佳奈の残酷な声はわたしを混乱させるには十分な言葉だった。

「撮られてた」

呟きとともにわたしたち夫婦の卑猥な営みの光景とわたしだけが知っている誰にも言えない恥ずかしい孤独な行為を走馬灯のように思いだしていた。
撮られてた映像は信じ難い光景の連続だったに違いない。その映像を観られていたと思うと足元から全てが終わって崩れ落ちるような感覚に腰が抜けて立ち上がることができなかつた。

「撮られてたみたいよ」

佳奈はたしかにそう言った。撮ったではなく「撮られてたみたいよ」と言っていた。

「撮られていた」

佳奈ではない。道端でわたしはその疑問に気付き佳奈の悪戯だったのではないかと思い佳奈に確かめようと携帯電話を取り出していた。
携帯電話は誰からか分からない不在着信の点滅を伝えていた。
びっしりと嫌な予感が背中一杯に広がっていた。不在着信は03で始まる固定電話から意図的に番号通知で届いていた。
普段なら知らない電話番号の不在着信は無意識に削除して掛け直すことはまず無い。それなのに、わたしの置かれた状況はその電話番号に掛け直すには十分な不気味さを伝えていた。

腰を抜かして道端で掛け直すことは流石に憚れることを理解していた。それに佳奈の悪戯かもしれない。そんな希望を支えに今日も遅くに帰宅するだろう誰もいない家から掛け直そうと気を保つように励まして帰路に向かっていた。

自動照明の下で普段通り「帰ってるかしら」とリビングに向かって声を掛けながら今日のために卸した黒光りが美しいパンプスを脱ぎ揃えてリビングのドアを開けた時だった。

「撮られてたみたいよ」

わたしの心に佳奈の言葉が響いていた。誰もいないリビングの隅々を見渡したわたしは何処から撮れるのよと悪態をつきながら綺麗に整頓されているリビングを隈なく点検し始めていた。

「プルルルル。プルルルル」

わたしの携帯電話が震えていた。
吃驚したわたしは不気味に震える鞄の携帯電話を見つめていた。

「プルルルル。プルルルル。」

ソファーに登り間接照明の隙間を覗くわたしはダイニングに置いたままの鞄を見つめ、恐ろしい静寂に響く携帯電話の音に向かってゆっくりと移動し始めていた。


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