〈二人だけの宝物〉-21
『……花恋、今日はどうしたの…?』
「ッ……!!!」
英明の質問に、またも花恋は俯いて沈黙する。
何かとんでもない悩み事を隠している……英明はそう感じざるを得なくなっていた。
「どうって…どうもこうも何も……?」
『俺には言ってもいいんじゃないか?それとも俺じゃ役不足だってのか?』
ここ最近の花恋は、とても〈まとも〉には見えなかった。
何か悩み事を抱え、その悩みで頭が一杯になっているとしか思えなかった。
それを何故、彼氏である自分に打ち明けてくれないのか…?
実は英明は怒っていた。
花恋を心配するあまり、一人で全てを抱えて隠し続けようとする《彼女》が、いじらしくも腹立たしかったのだ。
「……あの…だから何ともないって!私は大丈夫なの!」
『何が大丈夫なんだよ?俺に何か隠してるって分かってんだよ!それにその“匂い”は何なん……ッ!?』
しまった…!
英明は怒りに任せて要らぬ言葉を口走ってしまったとハッとした。
“匂い”は誰しも気にする物であるし、ましてや女性相手に口にするなど、デリカシーに欠けるなどというものでは無いだろう。
しかも英明の相手は花恋である。
情緒すら不安定な花恋には、決して言ってはならないはずだったのに……それを悔いてももう遅かった……花恋は捻り潰された紙のようにグチャグチャに顔を歪め、ボタボタと大粒の涙を落として英明を見ていた……。
「く…臭いんだ…?私って臭いんだ?そ、そうよね?私って汚くって臭いんだもんね…?」
『わ…悪かった……今のは俺が…ッ!』
花恋は踵を返して駆け出す……何度も腕を掴み、引き止めようとする英明を振り切り、街行く人々の視線も気にもせずに泣き喚いて駆けていく……。
(もう終わりよ…!もうッ…もう終わりよッ!)
息が切れ、脚が上がらなくなっても花恋は走るのを止めない。
この全力疾走で爆ぜて痛む心臓も、そのまま破裂しても構わない。
衝撃に曝される膝が砕けても、それが何だと言うのか?
気が付けば花恋は母・貴子と二人だけで暮らしていたアパートの前にいた。
随分と古ぼけた二階建てのアパート……つい数ヶ月前まで我が家だった住宅は、花恋の思い出を“思い出”のままにするように、他人の表札が下がっていた……。