ツンデレ娘-1
「ああぁ、けっこう酔ったかも」
背伸びをしながら有美が言った。
店を出た二人は、若干足取りがおぼつか無くなっていた。
意識はしっかりしているが、シャンと立つことは出来ない状態だ。
「ねえ、しっかり割り勘にしてよぉ」
「気にしなくていいって。これもお客さんへの接待だから」
「だから嫌なのよぉ。せっかく気持ち良く飲めたのも、接待とかそういうのは関係ないからだったのに」
有美は、プライベートとして涼平と飲めたことが、この心地良い軽い酩酊につながっていると思っている。
そこに水を差すような涼平の支払い行為に、有美は憤慨していた。
「まあまあ、言いたいことは十分にわかっているよ。でも、こういうこともあるんだよ。使えるものは使ってしまえ。それでも、納得できないんだったら、今日取り扱った商品のアピールを、これから１週間色々なところでしてみてよ。その対価の前払いだと思えばいいさ」
涼平は、多少強引かなと思いながらも、有美を言い含めるように言った。
「そうかぁ、バイト代と思えばいいのか・・・・・・」
酔っているせいもあって、普段では反論されそうな内容でも、簡単に納得してしまったようだ。
「じゃあ、サービスしちゃいま〜す」
そう言って、有美が涼平の腕を取り、腕を組んできた。
女性特有のムニュッとした柔らかな感覚が、涼平の肘に伝わる。オッパイが当たっているのだ。
当たったというよりも、わざと押し付けているかのように、グイグイと腕に絡んでくる。
ボリューム感よりも、弾力感の方が強い。大きさより張りが強調される胸だと、涼平は察知した。
「はい。サービス修了」
ものの数秒で、密着サービスは終わった。
オッパイのタッチアンドゴーは意図的なのか、それとも天然なのかは図りかねるが、この辺は男心を微妙にくすぐる。
「えーこれでおしまい？もっとサービスして欲しいなぁ」
そう言って涼平も同じように有美の腕に絡みついた。勢い余ってと見せ掛けて、ちょっとオッパイにも触れてみた。これは確信犯。
「サービスは終わりっていったでしょー」
すぐさま振りほどく有美。
お互い酔っていることもあり、多少のタッチぐらいなら気にしない。
「なんだよサービス悪いなー」
涼平がわざと頬を膨らませた。
「サービス悪いぞー」
駄々っ子のように、ブーたれる涼平。
「もーしょうがないなー」
そう言った有美は、涼平の正面に回り、両手を首に絡ませた。
そして、しっかりと抱きしめ、頬にチュッと軽いキスをした。
涼平は想定外の行動に一瞬驚いたが、ここはチャンスだと一気に前に出ようと思った。
しかし、それを制するかのように、有美の方が一歩先に出る。
今度は、唇にキスをしてきたのだった。
「サービスし過ぎちゃった」
ポカーンとなった涼平を尻目に、有美はさっと離れ、茶目っ気たっぷりに笑った。
向こうから仕掛けてくるとは願ったりかなったり。涼平は、追撃しようと、有美ににじり寄った。
「ダーメ。サービスは終わり。早く帰って寝ーましょ」
涼平の心を見透かしたかのように、ヒラヒラと逃げていく有美。
これが逆に涼平の心に火を着けた。
ただヤリたいと思う気持ちから、気持ちの部分も落としてやるという気持ちに変化した。
「ふぅ〜。そうだね、明日も早いからそうしよっか」
『もう諦めたよ』と言った感じで、少し距離を置いて、ホテルに向かって歩き出した。
有美は、涼平の一歩後ろを歩く。
無言が続く。
次の一言が、これからの方向性を左右する。お互いそう思っていたのかもしれない。痺れを切らした方が不利になる。涼平はそう思い、焦る気持ちを宥めていた。
「怒ってるの？」
先に痺れを切らしたのは有美だった。
「え？何か怒ることでもあった？」
「だって、サービス悪いって言ってたじゃない」
「ああ。さっきの？あれはノリだよノリ。それにキスしたのにそこで終わるのは逆に失礼じゃん。イイ女に対して、手を出す素振りも見せないなんてさ」
ここでも『イイ女』を使い、有美の心をくすぐった。
「ホントなのかなぁ！？」
「何が？」
「イイ女って言ってるけど、本当にそう思ってるの！？」
「さあ、どうだろうね」
わざと冷たく言い放ち、速足で歩を進めた。
「やっぱり嘘だったんでしょ」
置いて行かれた形の有美は、涼平の後を追おうとした。
その瞬間、涼平が突然振り返った。
「キャッ」
有美は声を出す間もなく、涼平に抱きしめられた。
「ちょ、ちょっと」
もがく有美。しっかりと抱きしめる涼平。
「キスしていい？」
涼平が顔を近づける。
「ダーメ」
涼平の胸を突いて、有美が離れようとする。
今度はあっけなく離してあげた。
意外そうな顔をする有美。何だかんだ言いながら、実は期待をしていたような顔付だ。
「イイ女を簡単に手放すのかぁ」
有美は、悪戯っ子のような口振りで、涼平を煽った。
「はいはい。手が届かないようなので諦めますよ」
わざと冷めた表情で、突き放し、スタスタとホテルに向かって行く。
もし涼平に興味があって、少しでもそういうような関係になることに否定的でなければ、恐らく有美の方からまた声を掛けてくるだろう。
涼平にとっては一晩を賭けた勝負所だ。下手に引くと、このダラダラしたやり取りが続いてしまうだろう。ホテルも近づいてきたから、ここら辺で手を打たないと、勝負すら掛けられなくなる。
有美はツンデレタイプなのか、押せば逃げて、逃げれば追ってくる。
本人もそれを知ってか知らずか、絶妙のタイミングと行動で、涼平を惑わせる。
「ええーっ、つまんなくないの？もう一押しでイケるかもよ」
予想通り、有美から声を掛けてきた。
「うん。もういい。俺諦め早いし」
足早で歩く涼平は、振り向きもせず言った。