第19話『乗馬の鉄人』-1
10月○日。
通学中に軍馬の行進を見かけた。 全部で20頭ほどだろうか、3列縦隊を組んでいた。 相変わらず、一糸乱れぬというか、動作が揃い過ぎて気持ち悪い。 2頭揃っている様子ですら気持ち悪いんだから、10頭を超えると圧倒される。 どこに行くのか眺めていたら、道が終わっても真っ直ぐ進み、そのまま運河に入っていった。 運河の水面(みなも)から軍馬が顔だけだしているのは、立ち泳ぎをしてるんだろうか? ええっと、騎兵を乗せたまま自力で浮かんでいられるってこと? だけど、前脚も僅かに水面から出しているし、もし立ち泳ぎをしているなら、脚だけで浮かんでいることになる。 シンクロナイズド・スイミングでリフトやターンを見慣れているから、不可能じゃないとは思うけれど、それにしたってブーツに蹄鉄に尻尾にラバーに、色々身に着けた上で、手を使わない立ち泳ぎだ。
クラスメイトは『どうせ足がついてるんだよ』と言うけれど、そんな深さじゃ絶対にない。 どのウマもよくよく見れば微妙に上下していて、静止を旨とすべき軍馬なのだから、足がつくなら動きはない筈だ。 ということは、やっぱり立ち泳ぎをしているっぽい……軍馬の筋肉って一体どうなってるんだろう。 ちょっと想像が追いつかない。 軍馬の列は、しばらく運河の一箇所に留まってから、上流へゆっくり向かっていった。 この運河で次の上陸地点というと、一番近い所でも2キロは離れている。 ということは、軍馬さんたちは、あと2キロも泳ぐんだろうか? ラバーで拘束されながら、重たい騎兵を背中にのせて、不自然な立ち泳ぎで進むんだろうか??
学校では相変わらず1日1つは『2ch』を見せられる。 今日は『一般人のウマ』と『露馬』の対決みたいな、割と楽しめる内容だった。 登校中にみた軍馬ほどじゃないけれど、露馬も凛々しくてカッコいい。 ウマもどきと比べたら、露馬がいかにビシッとしてるかよくわかる。 一人前の履歴書には、『ウマ歴』に『露馬経験』を書きこめた方がいいと聞くけれど、ごく尤もな話と思う。
政見放送では『トイレ清掃業選任法』を放送していた。 オリンピア事件以前は、トイレの清掃業に性別指定はなかったけれど、何となく習慣で女性が従事していた気がする。 あたし達も、トイレを開けて中に男性がいたら、例え清掃業の方であっても、恥ずかしげもなく『きゃーっ』『変態!』『いやーっ!』なんて騒いでいた。 『男女雇用均等法』――現在は廃止されている――によれば、男性が清掃業をしても何にも問題ないのに、そうさせない雰囲気が社会にあったと思う。 で、今回の法律だ。 今後トイレの清掃は『女性に限定』し、『トイレ清掃業』という無味乾燥な呼称を『汚便女(おべんじょ)』に改めることになった。 『汚便女』はトイレ清掃に従事し、男性トイレに入ることを許可されるが、場に1人でも男性がいたら、即座にトイレの隅にゆき、壁を剝いてしゃがまなければならない。 男性の排泄行為や生殖器を見ることは厳禁で、もしチラとでも見てしまえば、『痴漢罪』を適用するそうだ。 一方で『汚便女』は特殊職業なのだから、男性は『汚便女』に配慮する必要はなく、トイレの隅で丸くなっている『汚便女』に躓いたり、気づかずに蹴とばしたりすることは、構わないという。 説明を聞いて、何とも言えず哀しくなった。 そりゃあ、トイレ掃除をしてくれるなら、女性の方がいいと思うけど……この扱いはあんまりだ。
たいした法律じゃないとしても、しっかり仕事をしている女性を『汚便女』と呼ばなくちゃいけないだなんて、胸がムカムカする。 ジワジワ、ジクジク、気持ちが沈む。 別に『トイレ掃除のおばちゃん』でいいのに……なんで、一々哀しくなるような呼び方にするんだろう。 軍は、はっきりいって女性ばかりなんだから、もうちょっとどうにかできると思う。 女の気持ちが分からないはずないのに、ホントなんでこうなっちゃうんだろう……はぁ。 溜息ばっかの毎日です。