第8話『売春メッセージ』-10
『もしこれが新法に触れるとすれば、黙っていてはお兄さんに迷惑がかかります。 出頭しないわけにはいきません。 それと……あたしは法律で処罰されたあとも、お兄さんの所に戻るつもりはありません。 あたしは戸籍の上ではお兄さんの妹です。 でも、あたしにとってお兄さんは、もう『お兄さん』ではなくなってしまいました。 世界一大切な人なんです。 だから、これ以上あたしに『償い』なんてさせられません。 それに、もうこれ以上『妹』と『お兄さん』の関係は続けられません。 考えてみれば、今までのあたしは、何も考えずに幸せをいっぱい貰ってきて、そのせいで周りを知らないうちに不幸にしてきました。 元をただせば、あたしが無防備に『裸』を晒してしまったせいです。 だから、あたしは……きっと『女の身体』には、いくら清めても流せない穢れ、つまり『原罪』があると思います。 あたしは、好きな人を不幸にして……それはどうしようもないことなんです……これが、如いて言えばあたしの主張です。 お兄さん、い、いままで本当にありがとうございました。 これからも……これからも、ずっと……あたしは一生感謝します。 だからお兄さん、あたしのことは忘れて――』
客席に向けて微笑みながら喋る少女。 と、突然少女の表情が凍る。 視線の先には息を切らした青年がいた。 青年は客席の最後列からズカズカとステージに歩いてくる。
『――お、お兄さん……? ど、どうしてここ……に……』
掠れた独り言をマイクが拾う。 少女が番組の収録でステージに立つことは、少女自身がついさっき聞かされたことだった。 つまり、少女の『お兄さん』が少女の収録を知ってここにいることは、普通であれば有り得ない。 けれど、少女の当惑を他所に、青年は躊躇うことなく舞台に登る。 少女を抱きしめると、耳元で何かささやいた。 マイクが拾った切れ端は、
『……ごめん……ズルい言い訳……償い……嘘……ただ……初めてお前を見たときから……愛して……』
ここで番組スタッフが2人に駆け寄った。 青年の登場は番組的にも想定外だったようで、青年はスタッフに両脇を抱えられ、少女から引き離される。 青年はジッと少女を見つめながら、大人しく舞台外へ連行された。 後には呆然と立ちすくむ少女。 青年が去っていった舞台袖と客席を交互にみやり、何度か口をパクパクさせる。 やがて意を決したようにマイクを握った。
『――あたしは『原罪』があります。 ない、なんて思いません。 でも、そんな罪も、許してくれる人に出会えたら、それでいいのかもしれないです。 あの……すみません、頭がこんがらがって……何をいっていいか分かりません。 でも、い、一生懸命頑張ります。 だから、償いも、いっぱいします。 どうかあたしに、あの、社会に復帰する機会をください。 今日は、あの、こんなに時間をいただき、その、本当にありがとうございました!』
先ほどまでとうってかわって、切れ目を継ぎ接ぎ(つぎはぎ)した語り口。 ただ、会場から湧いた拍手は、これまでの3人に遜色ないどころか、一層大きなものだった。 少女は何度も立ち止まってはお辞儀しながら、青年が連れて行かれた舞台袖に向かって駆ける。 少女が見えなくなってからも、しばらく拍手は鳴りやまなかった。
……。
『主張』が受け入れられるかどうかは、番組内では明かされない。 ただ、基本的に『主張』して拍手を得たものは、ほとんどが過去を清算してもらえる。 逆にいえば過去を清算する余地があるもののみ『登壇して主張する資格』が与えられる、といえるかもしれない。
『売春』は女性に一般的だが、男性が無縁なわけではない。 特に『淫売夫』となると『淫売婦』と同等乃至それ以上が存在する。 彼らのような異端な男性や、老齢の女性で『売春』経験があるものの場合、一部には『慰安婦改悛法』は適用されない。 つまり『不遜極まる男性』や『売春経験を改悛せずにあまりにも長い時間が過ぎた女性』は、今更『改悛』は不可能だ。 『改悛』が出来ないなら社会復帰も不可能となり、必然的に社会から排除されることになるわけだ。 『慰安婦改悛法』が施行されて以降、市内に小さな変化があった。 誰も知らないうちに、男性と50代以上の女性が、少しずつ街から姿を消す。 誰も気づかないくらいゆっくりと、けれど確実に街をあるく市民構成が移りゆく。 この法律単独の効果では決してない。 この法律は勿論だが、他の新法との絡みの中で、適応できない市民は1人また1人と姿を消すことになる。
市民を待ち受けるオマンコ地獄、まだまだ始まったばかりである。