第17話 研修、調理器具として-4
【29番】は『汁盛り』といって、多種多様な液体の器として扱われていた。 姿勢は他の2人のような挙股ではなく、腰を垂直になるまで持ち上げたまんぐり返し。 口、膣、肛門、すべての孔が真上を向いている。 無茶な体勢は【29番】の柔軟性があればこそだ。
肛門には食事に相応しい飲料――主に発泡酒か蒸留酒――が注がれる。 事前に数十回の徹底浣腸で洗浄し、敏感になった直腸壁に、泡、或はアルコールの刺激が満ちるわけだ。 今回は魚介盛りを踏まえ、吟醸酒が注がれた。 量にしておよそ3升――1升ビン三本分――が容赦なく注がれたお腹は、まんぐり返しのせいで乳房を密着するまで膨れている。 客が肛門にストローを挿す、或は口をつけるタイミングで、【29番】は適量の飲料を体内深くから届けなくてはいけない。 しかも一度に全部だせるわけがなく、出しては止め、止めては出し、また出しては止め、止めては出す。 肛門括約筋は緊張し通し、寸刻も気が休まるときはこない。
膣および子宮は『魚醤』の入れ物だ。 刺身といえば醤油、赤黒く濁った液体が特有の薫りを放ちつつ、牝の持ち物を埋めてゆく。 タコやイカといった軟体から水雲(もずく)や刺身のツマに至るまで、箸が摘まんだ切り身を膣に挿入しては、たっぷり膣壁を搔き回す。 その都度【29番】は悶えながらも膣を緩め、箸が動きやすいよう努めねばならない。 箸の出入りが遮られれば、客は思いきり箸を刺かもしれず――というか、ほぼ例外なくそうする――そうなってしまえば子宮口を箸でつつかれることになり、本能に響く激痛だ。 おまんこを入れ物にする以上、気持ちよく使ってもらうためには、細やかな気配りは欠かせない。 適度に快楽を膣分泌液に変え、魚醤に一味添えることも忘れてはいけない。
尿道には『もみじおろし』が仕込んである。 ツンツンと尿道口を箸でつつかれたとき、ソッと気張る。 オシッコを排泄する要領で力をいれ、適量のもみじおろしを搾りだすわけだ。 カプサイシン特有のピリピリ感は、本来であれば尿道の過敏な外壁にそぐわない。 けれど自分を道具として用いられる上では、自身の掻痒感、痛覚の優先順位は果てしなく低いわけで、そんなことは問題にならない。 痒み、激痛、そういった負の刺激に対する答えは一つ。 『我慢しなさい』、だ。 とはいえ姿勢を崩さないだけでも御の字だ。 様々な刺激に苛まれながらベトベトしたもみじおろしを排泄する際、一切悶えずに我慢できる牝など、どこにも存在しやしない。
口には具材の一貫として『納豆』を、鼻の穴には『粉末チーズ』を、クロスした両手でつくった胸の谷間には『まよねーず。』を充たす。 場合によってはケチャップやレモン汁、タレの類を加えてもいい。 とにかく食材に供するべき液状の調味料で牝の穴という穴を埋めること『汁盛り』の基本になっていた。
そうこうするうちに、8号教官が眺める教室では、手際よく食材をさばく指導員のもの、鮮やかな3つの女体盛りが完成する。 『学園』の家庭科とは比べ物にならない規模の大きさ、凝り用だ。 ふと8号は考える。 自分が学生の時に、このレベルの女体盛りを勤められただろうか?
……多分、答えはYESだと思う。 あの頃は毎日が地獄みたいなもので、苛まれることに対する感覚が完璧にマヒしていた。 何だかんだで目の前の少女たち同様、ジッと道具扱いされる屈辱にまみれながら、肉体的苦痛を耐えると思う。
それでもやっぱり、目の前で身じろぎもせず食器を勤める姿を見ると、場違いな畏敬の念が浮かんでくる。 『学園』の生徒になって間もない少女が、非人道的な仕打ちに耐える姿は、決して無様なだけのものじゃない。 泣叫んで投げ出しもせず、受けとめ、打ち克つ姿からは、無様とは対極にある神々しささえ漂っている。 すくなくとも8号自身には、そんな風に感じられた。 もちろん少女たちの覚悟と葛藤は理解した上の話なわけで、こんな風に感じられる所以はきっと、彼女がかつて自身も同じような経験を経てきたからこそなんだろう。