密やかな反抗-1
大沢商事の事務員、幸恵はごく普通のサラリーマン家庭に生まれ育った。
父親の年収も平均的、さほど広くもない一軒家のローンに追われる程度の年収だ。
幸恵の三つ下に弟が一人の四人家族、車はシルバーのカローラセダン、月に一回程度の
ささやかなレジャーを楽しみ、専業主婦の母は少しでも安い品物を求めて遠くのスーパー
へ自転車を走らせる。
どこをとっても平凡な家庭だ。
ただ一つ、普通ではなかったのは母の躾だ。
幸恵には女らしく、弟には男らしく振舞う事をうるさく言われた。
幸恵はつつましい振る舞いと細やかな気配りを常に求めた。
子供とは言え、ミニスカートからパンツが覗く、と言うような事は厳しく戒められた、
さりとて活動的なジーンズなどはハイキングの時ぐらいしかはかせてはくれない、普段
は膝丈のスカートで女らしく、つつましく振舞う事を要求されたのだ。
幸恵の気遣いが足りない、と感じると、その瞬間は何も言わないが、家に帰ってから
ああするべきだった、こうするべきだった、と延々と事細かに注意されるのだ。
真面目な性格の幸恵は面と向かって反発はしなかったものの、内心は辟易していた。
しかし、中学生ともなると、母の躾は効果を発揮し始める。
幸恵は同性からも異性からも「心遣いの細やかな、誰からも好かれるおしとやかな女の子」と目される様になり、誰からも好かれた。
しかし、思春期には自己のアイデンティティを主張したいもの、そんな欲求を抱えながらも、幸恵は「心遣いの細やかな、誰からも好かれるおしとやかな女の子」であり続けた。
決して無理して演じているわけではない、自然とそういう振る舞いになるのだ、それを皆が評価してくれるので余計にしとやかに振舞ってしまう……幸恵自身はそれが嫌で仕方がない。