オーディン第三話「姫様」-1
バリンッ
男の頭の上でビンがわれた。それはそれほど珍しくない飲み屋の風景に見えた。
「はははは…お前見ねえ顔だな、何も知らないで“姫様”の事言うじゃねえ」
黒いバンダナをした大男が、頭から濡れた男にそう言った。
頭からすぶ濡れの男は、白銀の髪に、灰色の目をしていた。灰色の目をした男は、椅子に座ったまま大男を見上げると、こう返した。
「それは悪かった、この人に割れた酒と同じのをやってくれ、金はここに置いておく、邪魔した」
灰色の目の男は、カウンターに置いてあった帽子を手に取ると、それをかぶって店をあとにした。
「これはまた酷い、クスッ…」
ウエスタン風の格好をした男が二人、広場の噴水の前で座っていた。一人は二丁の銃を両腰につけて、帽子を深くかぶっていた。
もう一人は腰に一本だけ剣をさげていて、頭からずぶ濡れだった。
「はははは、やられたよ」
「間違いない、俺ならためらわず殺してた、ぶはははは」
「で、どうする、ロキ」
「そうだな、そろそろ行くとするか“天空の城”へ」
「しかし、移動手段はどうする──」
「それなら問題ない、“グラシャラボラス”を使う」
「…ちょっと待て、その方法を知っていて俺に情報収集を──」
「ファウスト、時間がない、急げ」
ロキはそばに停めいたバイクにまたがると、全速力で走り出した。
「ロキ…、待てえ」
岩がむき出しの山道を、二台のバイクが走っている。白いバイクの後ろを黒いバイクが走っていて、二台の距離が縮まっていく。そして、黒いバイクは追いついた。
「ロキ“さん”」
黒いバイクの男が笑顔でそういった。それにつられて白いバイクの男は苦笑いをした。
ガシャン、黒いバイクが白いバイクに接触して、白いバイクは一瞬バランスを失った。
「ファウスト“さん”もうやめましょう、僕たちは仲間じゃないですかあ」
「……」
「ファウスト、さん…」
ファウストは帽子を脱ぎ捨てた、地面にそれが落ちた時、ファウストの姿は黒いコートに変わっていた。
「せ、戦闘モード…、この人マジだ」
慌てた様子でロキも帽子を脱ぎ捨てる、すると彼の姿も同じく黒いコートになった。
カチャッカチャ、ロキの銃の弾が無くなった。ファウストは安心した顔をして剣を地面に突き刺す。
「俺の勝ちだな」
ファウストはそういうと、地面に座り込んだ。
「…本当の勝負は今からだ」
弾が無くなった銃で、ロキは丘の上をさした。そこには大きな翼をもった巨大な“犬”がいた。
「あれが、“グラシャラボラス”なのか…」
「奴は自分より強い者でないと背中に乗せてくれない、らしい」
「無駄弾使いやがって…」
冷めた目で見つめるファウスト。
「お前が使わせたんだろうがっ」
ファウストは一度溜め息をつくと、立ち上がり歩き始めた。
「おい、待てって、弾を補充してから──」
「奴は俺一人で叩くから、弱りかけた時にでもこいよ、その方がやりやすい」
「……」
ロキは黙ってファウスト背中を見送った。