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そう言って深雪は手の甲を白衣男に向けてヒラヒラと振った。もういいという合図を得た白衣男は、体の位置がズレないように至極丁寧に袋を包み直した。
「――もう一体は、別の保管室です」
「ここ、喫煙所どこ?」
ラテックスの手袋を剥がしつつ、次の場所へ案内しようとした白衣男を深雪が呼び止める。
「ありませんよ、医療機関ですから。外に出てすぐのコンビニ前に灰皿があります」
「じゃ、ちょっと吸ってきてからにしていい?」
生きた人間を扱わないくせに医療機関を名乗るのも変だな。陽介はまた笑いが漏れそうだった。白衣男は陽介が深雪の陰で浮かべた笑み面には気づかず、ただ頷いて溜息をつき、
「じゃ、僕は昼飯食ってもいいですか? 弁当買って、さぁ食おうと思ったら、あなたがたみたいなのが連続で来たからずっと食いそびれてるんですよ」
その言葉に背を向けて外に向かおうとしていた深雪がクルリと振り返った。
「連続?」
「ええ、あなたがたが来るすぐ前に、制服さんが二人、みえましたよ。すれ違いませんでしたか?」
深雪が陽介に目線を向けてきた。それらしい人物を見たか、と問いかけへ首を横に振った。
廊下に出ると白衣男は「唐揚げ冷めちまってるだろうなあ」とボヤいて去っていった。
こんな職場で、毎日あんなモノを扱う仕事をしていながら、よく唐揚げ弁当なんて食えるもんですね?
だが同調を求めるべき上司は、陽介が口にする前にさっさと歩き始めていた。背中を追う。
深雪が歩を踏み出す度にルミエールカラーの髪束が風を浴びて揺れていた。厚く残したバングは大人っぽく華麗な深雪によく似合っている。許されるなら正面からもまじまじと観察したい――そんな無礼は叶わないが、部下として深雪に付き従い、後方を歩くのは自然なことだから、後ろ姿で満足することにしている。
ベージュのシャープなパンツスーツは脚の長さを強調し、頭の小ささも相俟って実際以上に身長を高く見せ、自ずと高い位置にくる形良く引き締まったヒップは髪とユニゾンして左右に揺れていた。
普通の男ならば、深雪のような好スタイルの女にはスカート、特にタイトなミニを履いて欲しいと思うかもしれない。しかし陽介は、ごく稀に目にすることができる彼女のスカート姿よりも、この足首まで包まれた細身のパンツスタイルの方が、より彼女を不可侵なものに見せてくれる気がして好きだった。
そして、何も知らぬ世の中の男たちは、まさかこんなゆかしい姿態をしている女性が、戦闘体術に練熟し、すでに何人かの人間をその餌食にしているとは夢にも思わないだろう。床を鳴らすパンプスですら、深雪が本気で振り抜けば、その脚線美に見惚れる間もなく肋骨の一本か二本は確実に持って行く凶器になりうる。
凛とした出でたちは、この美女の兇暴さをひた隠していると思うとむしろ唆られるのだ。憧憬と相まって、こうして陽介を疼かせ、かつ悩ませてくる。
そもそも深雪のことだ、こうして背後から目線が絡みついていることくらい気配で勘付いているのではないか。だが何も言わないし、不快さを露わにした睥睨を向けてくることもない。そんな驕慢な無神経さが腹立たしいし、愛おしい。