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【その他 官能小説】

狐の最初へ 狐 0 狐 2 狐の最後へ

-1

月が明るい晩。肌寒いくらいの風に吹かれながら、人気ないすすき野を一人の僧が歩いていた。
辺りに響くのは錫杖が奏でる軽やかな金属音と虫の音、風に揺れるすすきの音のみ。

暫く歩いてから、僧は目深に被った笠を取った。
「狐が、鳴いているか」
しんとしたこの野に、微かにそれは聞こえた。獣の鳴き声。大方狐か犬か、それとも狼か。
僧はその鳴き声の方へ足を向ける。
段々と鳴き声もはっきり聞こえてきた。
「なるほど。罠か」
僧は口許に優しげな笑みを浮かべる。
彼が見下ろしたそこには、鉄製の狩猟用具に足を食われた狐の姿。
赤く染まったその部分が何とも痛々しい。
その場に屈み込み、僧は狐を見つめ、罠に手を掛けた。
すると、狐は即座に僧の手に噛み付いた。僧は、しかし動じずに狐の顎を掴んで己の手から放させた。
「警戒するな。何も酷いことをしようってわけじゃあない」
弱りながらも、牙を剥ける狐に僧は言う。
牙の痕が付いた右手を軽くさすり、彼は再び罠を外そうと試みる。
今度は狐も噛み付くことはせず、彼の所作を眺めているだけであった。
罠を外し、僧は腰に下げた酒瓶の中身を一旦口に含んでから、狐の傷と先程噛まれた己の傷に豪快に浴びせる。
酒の匂いが広がり、僧は残りを呷って瓶を投げ捨てた。
そして己の着物を引き千切り、それを狐の足に巻き付ける。
薄らと赤が滲むが、それほど深い傷でもなかったようで狐はよろけながら立ち上がり、すぐさまその場を去って行った。
それを見やりながら、口の端に笑みを湛えて僧も再び歩き出す。
錫杖の音がひどく静かなすすき野に響いていた。


草が生えっぱなしの荒れた庭に小さな小屋。
それが僧の今夜の宿であった。
囲炉裏に火を付けて、彼は床に寝転がる。
(少し肌寒い、か)
そんなことを思いつつ、暫しうとうとしていたが、彼はふと戸を叩く音に気が付いた。
(誰だ?)
このような辺鄙なぼろ小屋の自分を訪ねてくる人物など心当たりはない。
僧は訝しげに眉根を顰めて戸を開けた。
「……今晩は」
女であった。
彼が戸を開けるとそこには一人の美しい女が立っていた。
乳のように白い肌。切長の瞳は色素が薄く、狐色だ。真っ直ぐな黒髪を無造作に結い上げている。
うなじに流れる後れ毛が何とも艶やかで。
僧は思わず女を見つめる。

「あの……これ」
女は言って枯れ草色の風呂敷を僧に差し出した。
中に入っていたのは酒瓶と筍の皮の包み。
「何だ、これは」
僧が首を傾げると女は笑みを浮かべて言った。
「お坊様、お一人で此処にお住まいなのでしょう?」
「いや、これは仮宿だ」
「どちらでも……私はあなたにこれを食べて頂きたくて」
言う女に、僧は更に眉間の皺を深くする。
嫌悪と言うわけではなく、この女がどうして自分に尽くすのか疑問であったからだ。
「何故だ?」
「……そんなことは気になさらないで」
誤魔化すように笑う女。
(この女……)

定かではないが、何となくこの女の正体に見当はつく。
ちらりと見やった女の手首には、薄汚い布。
僧は口の端に笑みを浮かべ、ありがたく包みを受け取る。丁度腹も減っていたところだ。
軽く頭を下げて礼を述べ、戸を閉めようとした彼を女は遮った。


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