「柔らかな鎖」-16
某月某日
今日はとうとう安野先輩と対決した。私が安野先輩を呼び出したのは、考古学サ−クルの部室だった。
「なんだ響子、大事な話って」
安野先輩はそう言った。
「もうこんなことは辞めてください。私は安野先輩のオモチャじゃありません」
「……響子、そういうことが言える立場なのかな? 例の写真とテープ、どうするかわかってるだろう?」
「いいですよ。もう。由布さんに渡すならそれでも。由布さんが私をどう思ったとしても今より酷い状態にはなりようがありませんから」
「おやおや。俺が柿崎に渡すだけで済ませると思ってるわけだ。随分甘く見られたもんだな」
「大学中にばらまくんですか?」
「そう、それも面白いね」
ぞっとするくらい残酷な笑みをうかべて安野先輩は言った。なんて醜い……可哀相な人なんだろう。
「あなたのしていることは犯罪です。私が訴えればあなたの将来は終わりです」
「訴える? できるのか? 響子の恥ずかしい写真と恥ずかしいテープがそこら中に出回ることになっても?」
安野先輩は勝ち誇ったように言って、私の腕をつかんだ。怯んだ私はあっという間に安野先輩に組み伏せられていた。ポケットから取り出したバンダナで手首が後ろ手に縛り上げられてしまい、そのまま横倒しにされて、私は起き上がることが出来ずにもがいた。
「鍵はかかってるんだよ、響子」
暴れる私をうつ伏せに押さえこんで、安野先輩は私のスカートをめくりあげてパンストとパンティをおろし、後ろからいきなり覆いかぶさってきた。全く濡れていないので、安野先輩のものは簡単には入ってこれなかった。
「やめて、やめて下さい」
私は大声で叫んだ。
「こんなことをしても、私はあなたのものになんかならない。絶対に。たとえ由布さんが私を許してくれなくても、私は由布さんの、由布さんひとりだけのものだから」
「安野さん、そのへんにしておいた方がいいと思うよ」
その時、物陰から突然現れたのは由布さんだった。呆然として私にのしかかったまま固まっている安野さんの横腹に、由布さんは蹴りをひとつ入れると、私を抱き起こして手首の戒めを解いた。
「やっぱり安野さん、響子を脅していたんだね」
由布さんが怒った顔を私はその時初めて見た。いつも通りの静かな口調だったけれど、その奥に怒りがふつふつと滾っているのがわかった。
「ああ、柿崎、ちょうどいいところに……。いつからいたんだ?」
安野先輩は、不敵な、というよりヤケクソのような顔で笑った。
「お前の大事な響子ちゃんが、どんな顔で悶え狂ってどんな声で俺を欲しがったか、俺の口から聞きたいか、それとも写真見たいか?」
「お好きにどうぞ。僕は興味も関心もないから、そんなものには」
由布さんの言葉は私を驚かせた。どういうこと?
「大丈夫だよ、響子。訴えるのならば僕は力になる。全力で響子を守る。だから響子は周りのことは気にしないで」
由布さんは本当にいつも通りの、私の大好きなあの由布さんだった。
「私は……私は、由布さんのものでいられるなら、こんな人が何をしようと平気です」
そう、これが私の本心なんだ。
「安野先輩は可哀相な人ですね。私が由布さんの命令に服従するのは、そうすると由布さんが喜んでくれる、それが私自身にとっても幸せだからです。脅されて嫌々従っているわけじゃない。安野先輩には永久にわからないことかもしれませんが」
安野先輩は「信じられない」という顔をしていた。
「じゃあ、響子は返してもらいますよ、安野さん。その写真だのなんだのは好きにすればいい。それで響子が傷つくなんてことは、響子が僕のものである以上、あり得ない」
由布さんはそう言うと、私の手をひいて部室を出た。最後に一言こういい捨てて。
「あ、ろっ骨、折れてるかもしれないから早く医者に行った方がいいかもね、安野さん」