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黒い聖母
【理想の恋愛 恋愛小説】

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射した光-1

ニーナの帰る日が近づいた。夏はまだまだ続く様子である。外では蝉が朝から大合唱をしている。
「あしたさ、ルルに会わないか。」
一緒に入った朝風呂で、髪を洗っていたニーナに鉄矢は声をかけた。
「ちょっと待って。」
ニーナは片手でまだ頭を掻き回し、シャワーをもう片方の手で探す素振りをしたが、その合間に、立ったまま小便を始めたのだった。始めたと言うより垂れ流しの感がむしろあった。その様子を眺めて鉄矢は、この娘といれば恥ずかしいことなど人生に無いだろうと思った。どちらが寝たきりになっても、排便の恥や介護の苦労を互いに気にやむ必要がないのだ。楽な、爽快なことですら、それはあるだろう。
ニーナは大きなおならをしてから、ざっとシャワーを股に当てた。髪のシャンプーをそれから流し、風呂桶に入ってきた。
「ルルって、女の人の名前?」
「言わなかったっけ。」
「うん。どんな人?」
「アフリカ人で陸上選手。十八歳。」
「アフリカ人? 会ったことない。言葉は?」
「日本語で普通に通じるよ。」
「興味出てきた。」
「うちに呼ぼうか、外で会おうか。」
「あたしが御飯作ってあげるよ。うちで会おう。何が好きなのか聞いておいてね。」
ニーナは料理が趣味で、鉄矢のところでは、毎回喜んで作っているのだった。食べることより作ることが好きだという。鉄矢は、少女が料理するのは鉄矢が好きだからだろうと単純に考えていた。しかし今、恋敵のような女のために作りたいと言った。それは人のための、自分を勘定に入れない行為である。鉄矢には何となく不思議であった。
飛行機に乗っているときは、いい人でいたいとこの少女は言った。しかし、「いたい」には無理が伴う。鉄矢に抱かれることも奉仕のつもりだったと鉄矢はニーナから聞いていた。結局、ニーナはそれに依存し、今では自分が離れられなくなっている。
恐らく、純粋に他人に奉仕することにもこの子は喜びを見出しているのだろう。心が健康になる種を人は持っているのだなと思った。
翻ってみれば、自分のほうは、頭でものを考えるばかりである。人にとって価値あることを少しでも行えていたのか。自分にとってのものの価値は散々考えてきたものの、その反対を思ったことはなかったと気が付いて、鉄矢は震撼させられた。ルルは、自分の善き種を見つけてくれるのだろうかと、鉄矢は寂しく感じた。


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