冥界の遁走曲〜第二章(前編)〜-9
そのワードから闘夜の頭が冷静を取り戻した。
考える事象はただ一つ。
それを全て考えた上で闘夜は状況を把握した。
その上で闘夜は”能力”を使った。
以前はその能力を使って冥界の使者と名乗る少女に会う事ができた。
そして、今回もその少女は目の前にいた。
「癒姫……?」
それは呼びかけと言うよりは確認の声だった。
本当にそこにいるのか。
夢や幻ではないのか。
そしてその考えは闘夜をきちんと裏切ってくれた。
「はい」
たったその一言で少女、癒姫は存在を確認させてくれた。
夢や幻ではない。
ちゃんとそこにいる。
この瞬間をお互いにどれだけ待ち侘びた事か。
片方はずっと待ち、片方はずっと行きたいと願っていた。
そして今、それが実現したのだ。
二人は歓喜に満ちているものの、その場から動くことができない。
どうやって対応すればいいのか、お互いが分からないのだ。
「え……と……」
闘夜が考えるように呟いた。
その後に何かを言おうとしたが、それはある者の台詞で中断される。
再会の喜びと共に。
「闘夜〜、誰か来たのか〜?」
声と共に聞こえた階段から誰かが降りてくる音。
裕太だ。
だが癒姫は今日裕太が来ている事など知るはずも無い。
闘夜は自分の肉体を見て慌てる。
魂の抜け出た闘夜の肉体は力を失って倒れこんでいる。
その目は開いているものの視界には何も映していない。
もしも裕太が降りてきてこんな光景を見ればパニックになるだろう。
闘夜と癒姫は見えないはずだがこれは何とかしなくてはと思った闘夜は急いで肉体の中に入ろうとする。
「闘夜さん!」
慌てたような癒姫の声も今は無視する事にした。
闘夜は自分の肉体の中に入り、立ち上がる。
「お客さんか?」
同時に裕太が玄関に顔を出す。
そして目を見開いた。
「お、お前……あれ?」
しかし、裕太の驚きはまた別の驚きになったようだ。
さっきとは違う驚き方をしている。
「どうしたんだ?」
それを見ていた闘夜も不思議そうな声を出した。
「いや、お前の後ろに紫色っぽい髪の毛をした可愛い女の子がいた気がしたんだけど……気のせいかな?」
要するに癒姫が一瞬だけ見えたと言うことなのだろうか?
闘夜にも裕太の見たものは分からないが、もしも癒姫が本当に見えたのだとしたら、その事は隠しておいた方がいいだろうと判断した。
癒姫の事を説明すると冥界の事まで、そして自分の能力の事まで説明しなければならない。
自分の能力を知った裕太に蔑まれるのは嫌だ。
「ははは、いるはずないじゃないか、そんな女の子なんて。
勉強疲れで錯覚でも見たんじゃないか?」
「そうかな……?」
裕太は闘夜の言葉を完全に信じているようだ。
「さ、今日は早く寝ておこう。
明日も学校あるし、な?」
裕太は頷いて闘夜と共に部屋へと戻った。
「分かった、じゃあ俺寝るわ」
「ああ、俺はもう少し外を見てから寝るよ」
「お休み、闘夜」
「ああ」
裕太はリビングと玄関の間のドアを閉めて階段を登った事を確認した闘夜はリビングにあるソファーで横になる。
いかにも眠っているような体勢を作り出してから再び能力を使って少女に逢いに行く。
再び逢った少女は少し悲しそうな瞳を闘夜に向けながら立っていた。