冥界の遁走曲〜第二章(前編)〜-8
戒に入って初めて玄武本人からの勅令だったのだから。
しかもその内容が、
「『神無月 闘夜の眼に月光色の輝きが見られたらただしに彼を殺せ。』
一度も忘れた事はありません」
彼を思い出す度纏わり付いてきた言葉。
彼に会って、別れてからはどれだけその任務に苦悩した事か。
「つらい任務かの?」
「いえ、私は戒の一員としてお爺様の命令には断固たる思いで遂行したいと思っています」
癒姫は表情を変えずに嘘を並べていく。
「実はあの任務を破棄したいと思っているのじゃが……」
「本当ですか!?」
癒姫にしては凄い剣幕で玄武に問う。
「いや、まだ想定の段階じゃからはっきりと断言はできん」
癒姫の表情が曇った。
「じゃからわしは判断したい。
彼が月となるか否かを。
その為には癒姫、おぬしにやってもらいたい事があるのじゃ」
玄武はそのやってもらいたい事を癒姫に告げ、癒姫はそれを早速実行した。
◎
闘夜はキッチンで皿を洗っていた。
一人暮らしともなると家事を全て一人でやらなければならないのが面倒くさいものであるが闘夜は一日たりともサボったことは無い。
裕太は先に闘夜の部屋で受験勉強をしている。
洗い終えてから闘夜も裕太と共に勉強をするつもりであった。
そもそも裕太が闘夜の家に泊まりにきた目的は受験勉強であった。
決して晩御飯をご馳走になりに来ただけではない。
「ふぅ……」
最後の一枚を乾燥機の中に入れてスイッチを押す。
これで皿洗いは終わった。
闘夜は二階にある自分の部屋に向かおうとした。
ガチャ……
音がした。
この家に住んで長い闘夜はこの音がどこの音なのかすぐに分かった。
玄関のドアの音だ。
外から中に誰か入ってきたか?
それはない、と闘夜は心の中で断言する。
鍵はちゃんと閉めた。
閉め忘れた日など多分ない。
ならば裕太が外に出たのだろうか?
それはありえない。
何故ならば二階から玄関に行くには闘夜が今いるリビングを通らなければならないからだ。
一階にはリビングとオープンキッチン、そしてトイレしかない。
だから二階から誰かが降りてきたら闘夜には絶対に分かるはずなのだ。
それではいったい誰が?
リビングと玄関には一枚の引き扉があるだけだ。
闘夜はゆっくりとその扉を開けた。
……誰もいない?
確かに玄関の扉は開いていた。
だが誰かが入ってきた形跡がなければ誰かが出て行った形跡もない。
闘夜の靴も、裕太の靴もちゃんとある。
訳が分からない状態に闘夜は混乱していた。
もしかしたら物凄く計画的な犯罪の被害者になっているのかもしれない。
あるいは物凄く性質の悪い悪戯にひっかかっているのかもしれない。
何せどこかにいるはずの相手がいない、見えないのだ。
……見えない?