冥界の遁走曲〜第二章(前編)〜-7
「すごく気になる奴がいるんだ。
恋愛感情とかじゃなくてそいつがうまく生きてるかな〜とか悲しんでないかな〜とか俺の事覚えてるかな〜とか、そんな感じ」
「へぇ……お前は幸せ者だな」
闘夜は疑問符を浮かべる。
「何で?」
「人を想えるって事はそれだけ幸せな事なんだ。
いろんな意味でな」
「そうなのか」
分からないが納得する闘夜。
「ああ、お前は幸せになったよ、闘夜」
裕太はまるで自分のことのように笑ってくれている。
それが闘夜にとって嬉しい事だった。
◎
癒姫は現在、死神の一人である一神 玄武の部屋の前に立っていた。
全身が震えている。
それは武者震いなどではなく、明らかな緊張であった。
相手は自分の祖父であるのにも関わらず、だ。
それだけ死神と言うのは威厳にあふれているのだ。
そもそも死神と会える機会など滅多に無い。
家族である癒姫ですら一年の内に会える数は両手の指の数より少ないのだ。
そして今回、癒姫が玄武と会合できるようになった理由は館内放送だった。
トレーニングをしている時に玄武の部屋に来るよう呼び出されたのだ。
癒姫はゆっくりと扉を開ける。
絶対に礼儀を忘れない。
「失礼します」
扉を閉めてから深く頭を下げ、ゆっくりと顔を上げる。
そこには以前来た時と変わらない景色があった。
大きな田んぼくらいの広さの部屋の中にあるのは作業用のデスク。
そして部屋の壁を覆うように並べられた本棚。
無論、難しそうな書物がつまっている。
そして話し合いの時に使われる四角いテーブルが一つと専用の椅子が6つ。
それだけであった。
この殺風景と言っても過言でない部屋の真ん中に玄武は立っていた。
今年になって90を超える老人は背骨を曲げる事なく言い様のない気配を漂わせながら漠然としている。
「久しぶりじゃのぉ……、癒姫」
癒姫の方を見た玄武は破顔。
それを見た癒姫もほっと一息ついて、
「お久しぶりです、お爺様」
笑顔を見せて挨拶する。
それでもまだ緊張は解けない。
「そう硬くなることもあるまい」
「あ、はい」
癒姫は大きく深呼吸をする。
「それで、今回は私にどのような用事でしょうか?」
「うむ、おぬしに少々聞いておきたい事があっての」
玄武は一回咳払いをする。
「神無月 闘夜君とはその後連絡を取っているかの?」
いきなり闘夜の名前が出た事に癒姫は心の中で驚くが決して表情には出さない。
「と……神無月 闘夜とは別れて以来、一切連絡を取っていません」
「癒姫、任務の事は覚えておるかの?」
当然、覚えている。