冥界の遁走曲〜第二章(前編)〜-5
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癒姫は全身に多量の汗をかきながら地面に座っていた。
可愛らしい小さな口と鼻は多量の酸素を必要としている。
「よし、休憩しようぜ」
そう言ったのは龍也だ。
癒姫とは対照的に汗一つかかずに平然と立っている。
手には『威太刀』を携えている。
「そうね」
同意したのは癒姫ではなく楓だった。
楓も龍也と同様に平然としている。
三人は現在トレーニングルームにいる。
『戒』としての力を身につけるために作られた場所だ。
『戒』の者は任務が無い限り、決まった時間をここで体を育んで過ごしている者も多い。
特に龍也と楓は隊長クラスと言う立場上、ここで毎日訓練をしている。
同時に部下を鍛えたりしないといけないので大変なはずであるのだが、今日二度目であるはずの龍也よりも癒姫の方が疲れているのは癒姫に実力があまりないからであろう。
「癒姫ちゃんはよく頑張ってる」
しんどそうにしている癒姫の頭を龍也が優しく撫でた。
龍也は個人としては強い者と戦闘したいと言う欲はあるものの、だからと言って実力的に弱い者を蔑んだりと言った行動は一切しない。
龍也は上に立っていると自覚に対しては他人よりも意識している。
それでも以前は下から見上げるばかりだった自分がいる。
それでも自分は常に本気だった。
だから龍也は弱い者にはやる気と言う観点で人を見るようにしている。
やる気がある者ならさっきの癒姫のように優しく接してあげる。
無い者は先ほどのように半殺し、だ。
「私……もっと強くなりたいんです」
癒姫は真剣な眼差しを龍也に向けた。
「何でか聞いていいか?」
「倒したい人がいるんです。
自分より年下だけど、アキレスさんの命を奪った女の子を。
そして一緒に戦いたい人がいるんです。
この世界ではないところに」
「????」
はっきり言って龍也は頭が悪い。
それは学校教育を受けていないせいもあるのだが。
一方、それを聞いた楓は、後者が闘夜である事は把握した。
だが前者の方が分からない。
確かにアキレスは少女に殺されたと言う報告を癒姫自身から受けていたものの、楓にはそれが誰なのか分からなかった。
しかしそんな事は置いておいて、楓は少し気になった事を尋ねた。
「ねぇ、癒姫って好きな人とかいるの?」
「え?いやっ…あの…それは…」
みるみる癒姫の顔が赤くなっていく。
楓はそれを見て間違いなくいると確信した。
「え?いんのか!?教えてくれよ!」
龍也も興味津々で尋ねてくる。
癒姫の顔がますます赤みを帯びていく。
「い…いません!!
私は戒として役目を忠実かつ迅速に処理するためにそういった感情は持ち合わせていません!」
癒姫は熱心に首を振りながら叫ぶ。
……嘘だ。
龍也と楓は同時に思った。
何故ここまでバレバレなのに隠そうとするのか。
いや、本人は恐らくバレている事にすら気づいていない。
「か、楓さんや龍也さんこそ好きな人はいるんですか!?」
まるで責めるように言われた二人は相変わらず平然とした態度だ。
「いや、俺たち付き合ってるし……」
龍也はあっさりと言ってのけた。
癒姫は目に見えてショックな顔をしている。
決して龍也が好きだったと言うわけではなく、身近な者が親密な関係であったと気付けなかったショックだ。
それを聞いた途端に癒姫は居心地がすごく悪くなった。
トレーニングルームには三人。
そして二人は恋人同士。