冥界の遁走曲〜第二章(前編)〜-11
目の前にいる玄武からだ。
途端に全身が震えだす。
武者震いと言った類ではない。
……殺される!!
明らかに恐怖から来る震えだった。
玄武は間違いなく自分に襲い掛かろうとしている。
全身から汗が吹き出てくる。
と同時に闘夜の中から何かが込み上げてくる。
それが闘夜の体の全身に行き渡った時、闘夜の瞳の色が変色した。
「やはり出づるか」
玄武がポツリと呟いた。
それを聞いた癒姫も闘夜の隣で呟いた。
「『月の眼』」
その言葉に闘夜は我に返った。
途端に込み上げて来ていた『何か』が全身から喪失していくのが分かる。
同時に外観からも『月の眼』は消失した。
だが闘夜にとってそっちはどうでもよかった。
どちらかと言えばそれを引き出すために玄武がわざと(闘夜にとっては推測の域を出ないが)やったような気がした事の方が気になった。
「あなたは……」
気が付けばあれほど自分を圧していたはずの玄武の殺気はすっかり消えうせていた。
「やはりの。
神無月 闘夜。
おぬしはやはり持っておったな、『月の眼』を」
「『月の眼』について何か知ってる……んですか?」
「おぬしよりは知っておる。
それでもほんの些細なことでしかないがの」
「教えて……いただけますか?」
玄武はゆっくりと頷き、
「『月の眼』。
それは冥界を滅亡へ至らしめる異形の眼として死神にのみ語り継がれてきた。
そしてその月の眼は『死の恐怖』を味わっている時のみ発現するものである……わしが知っているのはこれだけじゃ」
後者には納得できた。
玄武の殺気を感じた時も、アキレスの過去話を聞いた時も、相手の本気を見て殺されると思った。
だからまるで助けてくれるかのように『月の眼』は現れたのだ。
だが、
「最初の方は納得できません!
俺はこの世界を滅ぼしたりしない!」
「おぬしの言う事も最もじゃ。
アキレスの件と今の件を考えるにワシはおぬしの意思一つでその力は変わるのではないかと思っておる。
だから今日ここで癒姫の神無月 闘夜抹殺の任務は撤回しようと思う」
「……え?」
闘夜は全く知らない話が進んでいる事に気付いた。
「俺の抹殺任務って……」
「わしが直接癒姫に下した任務じゃ」
闘夜は溜息をつく。
それは呆れと安堵の両方を含んでいた。
「お爺様、ありがとうございます」
「やはり可愛い孫に人殺しの任務などさせるものではないの」
「殺されるかもしれなかったこちらへの配慮はなしですか」
闘夜がダークなジョークを入れた所で玄武が手の平を空に向けた。
「さて、次の話題じゃが……」
突然室内がエメラルド・グリーン色に包まれた。
……この光……!?
闘夜はこの光に見覚えがあった。
それはかつてアキレスと戦った時に力を貸してくれた剣。
意思を持ち、言葉を話し、最後には消えてしまっていた剣。
『久しいな、神無月 闘夜』
そう、この声と共に現れたのだ。
希望の鎮魂歌の銘を持つ、木剣と。