冥界の遁走曲〜第二章(前編)〜-10
それに気付いた闘夜は声をかける。
「どうしたんだ?」
「私、人に無視されるのは嫌いです」
「そ、そうなのか?」
闘夜には何のことか分からない。
癒姫は悲しそうな顔を更に酷くさせて、
「友人の方がこちらに来た時です」
そういえば、と闘夜は思い出した。
確か癒姫は何かしゃべっていた。
何を言っていたかは覚えていないが。
「あ、ごめん。
裕太が来た時は焦って癒姫の方を気にすることができなかったんだ」
癒姫はふう、と溜息をついて、
「お願いですから、私の事を無視しないで下さいね?」
すがるような癒姫の表情に、闘夜の頬は真っ赤になった。
……特にやばい状況でもないはずなのに何で焦るんだよ!?
闘夜は自問しながらもこのままではいけないと判断して話題をそらすことにした。
「それにしても……、久しぶりだな、癒姫」
さっき焦っていたとは思えないほどの笑顔を見せる。
癒姫もつられたのか笑顔になって、
「はい、お久しぶりです、闘夜さん」
二人はようやく再会の言葉を交わした。
第九部 「綺麗な過去と穢れた過去」
「早速なのですが本題に入っていいでしょうか?」
冥界から闘夜の家のドアを通じてやって来た少女、癒姫は無表情に告げる。
先ほどまでは輝かしい笑顔を見せていたのに、癒姫は仕事に関わることになるとすぐに堅くなる。
「ああ」
だが闘夜がそれに気付くのはもう少し後の話になる。
「今から冥界に来ていただけますか?」
「今から?」
闘夜は不満の声を出す。
何故なら地上ではすでに一時を越えている。
闘夜としては眠りたいと言うのが本音であった。
「明日じゃダメなのか?」
「はい、ダメです」
癒姫は即答した。
「いや、俺にも都合がある訳だし…」
「お爺様がお待ちになっているんです。
お願いします」
「……」
癒姫に退くと言う気持ちはないらしい。
「とりあえず何をするかだけ聞いていいか?」
「お爺様とお話していただければ」
「それだけでいいんだな?」
疑心暗鬼な闘夜に彼女は一言、
「はい」
とだけ言って、来た時と同じように闘夜の玄関のドアを地上と冥界を結ぶ扉にする。
「さ、どうぞ」
「言っとくけど、話が終わったらすぐに帰るからな」
「はい」
絶対だぞ、と闘夜は確認して扉を開いた。
◎
扉をくぐって来た所は玄武の部屋であった。
癒姫はこの部屋で闘夜を呼ぶように言われてきたのだ。
「ここは?」
偉大な者がいる部屋である事に気付くはずもない闘夜は癒姫に尋ねる。
「ここは戒の総司令官、死神のお一人である一神 玄武様の部屋です」
闘夜が辺りを見回すと奥の方に人がいた。
仕事用のデスクに座っていたのは老人だが、闘夜はその老人を睨むようにして見ている。
「もっと近くへ来てくれんか?」
闘夜と癒姫は玄武の座っているデスクの目の前まで歩く。
玄武は闘夜の全体をじろじろと見ている。
「君が神無月 闘夜じゃな?」
「はい、そうですが」
「なるほど」
言った瞬間、闘夜は気圧されるほどの殺気を感じた。