第3話 託された想い-2
小箱の中身は、彼にもてなした有名店のチョコレートで、包装紙のデザインですぐに気づいた。
「もう・・・子供が遠慮しないの。ほんの気持ちなんだから・・・あっ・・・
この事だけは、お母さんには内緒ね。変に気を使わせちゃ悪いからね」
私はそう言いながら、彼が両手で開く紙袋からチョコレートの入った小箱を取り出した。
そのまま、彼の背負うリュックサックのチャックを開けると、有無も聞かずにその小箱を仕舞った。
「それと、大地にも内緒にしてもらいたいの。あの子にバレちゃうと、ねだられるから大変なのよ」
私はさらに付け加える様に、念を押しながらチョコレートの事を内緒にしてもらった。
その理由は後に分かるのだが、とりあえずは思惑通りに進んだ事に、私はホッと胸を撫で下ろしていた。
「何か、本当に悪いよおばさん・・・・・・」
「良いの良いの・・・その代わり、またマッサージをお願いするわね」
相変わらず遠慮してくる彼だが、どこか表情は落ち着きを取り戻している様だった。
あの時の行為を責め立てられるわけでもなく、普段の様に接してくる私に、安堵してるのも
あるのだろう。
さらに、私が行為の事をマッサージと認知している事に、全てが丸く収まったと勘違いしてるに違いない。
今までが、これからの二人にとっての、ただのプロローグである事も知らずに・・・・・・。
夕方も少し薄暗くなる頃。
私はダイニングルームで、息子の大地とテーブルを挟んで食事をしていた。
実際は主人も合わせた三人家族だが、しばらくは残業続きで帰りが遅く、この日も二人きりの食事だった。
「ねえ母さん・・・僕にもスマホを買ってよ。この前も話したけど、陸ちゃんも持ってるんだよ?」
息子は、夢中になってカレーをほうばっていたが、突如思い出したかの様に、前から欲しがっていたスマホをねだってきた。
これは、スマホを持つ彼が遊びに来た時の息子の定番でもあり、私にしてみれば予定調和だった。
「駄目よ・・・あなたには、まだ早いわよ」
「どうして?・・・陸ちゃんも持ってるって言ってるじゃん」
「だから、陸人君は勉強も出来るから、御両親も買ってくれたのよ。あなたの場合は、勉強もしないで、スマホばっかりイジッってるのが目に見えてきそうだわ」
「別に・・・僕は、将来サッカー選手になるから、勉強なんて関係ないんだよ」
息子は、小学生の時からサッカーを習っていた。
中学に入ると部活動で彼とも一緒になり、友人のほとんどが部活仲間でもあった。
「もう・・・あなたはすぐそうなんだから。とにかく、スマホはもう少し後になってからね。お父さんと相談して、あなたが必要な時に買ってあげるから」
「そうやって、また誤魔化す〜・・・母さんはいつも・・・・・・」
ピンポン・・・・・・
息子の言葉を遮る様に、私のスマホの着信音が鳴った。
音からして、LINEの通知音だった。
送信者を確認する為、テーブルの上に置いたスマホを取ると、送り主は古くからの知人で高校の同級生だった。
「ほら〜・・・母さんだって、LINEとか楽しんでるじゃん。僕だって陸ちゃんとLINEとかしたいよ」
息子は、日頃から私のLINEのやり取りを見ていて、通知音も知っていた。
「これは、大事な用事も兼ねてるのよ。もう・・・スマホをおもちゃと思ってる内は、当分はおあずけね」
「別に良いよ・・・どうせ最初っから買ってくれる気も無いくせに」
「はいはい・・・うちの家は、どうせ貧乏、貧乏・・・・・・」
さすがに観念したのか、息子は少しすねた感じになって、スマホの事は諦めていた。
それに対して、私も皮肉交じりの冗談で返した。
何気ない普段の日常だが、私はLINEの通知音を聞いた時から、尋常でも無いくらい動悸が激しくなっていた。
それは、胸に溢れる、愛しくも待ちわびる想い。
今は、時の流れに身を任せて、やがて訪れる審判を待つしかなかった。
夜も更ける、誰もが寝静まる深夜。
私は中々寝付けずに、天井を見上げながら物思いに深けていた。
やはり思い返すのは、この日の彼との出来事。
息子の友人でありながら、性的に意識された事実は、私に大きな衝撃を与えていた。
それでも、憧れであった彼からと思えば、年甲斐も無く私は女になった。
まだ足裏に残る彼の感触。
未だに私の身体を火照らせるくらい、若々しくみなぎるものが残っていた。
もう抑えきれない、私の衝動。
ダブルベッドで供に寝る、主人へと矛先は向かった。
「あなた・・・・・・」
私は声を掛けながら、背を向け寝入る主人の背中を、おもむろに摩った。
「ん?・・・どうした?」
すぐに主人は目を覚ますと、仰向けに寝返り私の方を振り向いた。
「少しだけお願い・・・・・・」
すかさず私は主人の胸元に顔を埋めると、求める様な仕草で誘った。
「おい、明日も早いんだから勘弁してくれよ」
そう言いながら主人はすぐに、元の様に背中を返して、私に背を向けながら寝入った。
この頃になると、拒絶されるのは頻繁で、特に悲しみなどは無かった。
主人の仕事が忙しいのもあるが、私よりも歳が五つ上で年齢的にもきついのも理解していた。
だが、満たされない欲求だけは、私の身体を悶々とさせていた。
しばらくは眠りにも付けず、彼の事だけを考えた。
それは彼に対する想いだけでなく、帰り際に渡したチョコレートにもあった。
これからの二人に託した、私の危険なギャンブル。
未だその結果は不透明なままに、夜更けは過ぎようとしていた。
−つづく−